2013年8月31日土曜日

お一人様の独り言 ~H.B to MJ ・・ちょっと遅くなったけど ~

Michael, Happy Birthday !

8月29日。

ちゃんと誕生日は覚えていたものの・・。

でも、JT の Twitter 見たら、ちゃんと呟いていた。

  因みに、Twitter は専ら呟かず追っかけばかり。
  JT, Bruno, ダルビッシュ、オバマ大統領
  Twitter してたら追っかけたかった人は、
  Lee Seo Jin, Michael Buble ・・・。
  
-なので、遅ればせながら。

あなたの感性に魅了された一人として、
現世を共有できたことに、心から感謝・・。

  先のMJのHPからの引用も、彼の誕生日から
  始まる 【Michael Jackson ONE】
  (シルク・ドゥ・ソレイユとMJの財団提携2作品目)
  のもの。彼の想いを集約したひとつだ。
  
Michael, あなたの魂は、今も益々輝いている。
  

けれどMichael;

喜ばしくはないけれど、あなたが望む穏やかな地球、
和やかな世界での人の営みは、やはり難しい。
未だに色々こじつけをつくり、争いごとが絶えないよ。
人種だけでなく地域でも国同士でも差別や諍いが
愚かしい負のエネルギーが絶えないよ。

追っかけていたオバマだけどさ、
期待していたオバマだけどさ、
柵と恐らくは大きな力と、そして彼自身のどこかに
ある妥協の心が、やっぱり同じ道を歩みそうで、
なんとも虚しい世界情勢・・・。

けれどMichael あなたの望む慈愛ある地球の
可能性を難しいけど信じたい。

あなたが只管に希望を抱き続けたように。

2013年8月26日月曜日

JT & MJ -2013 mtv video music awards

Taylor Swift じゃなくともうっとりしてしまう。

セクシーさと洗練されたセンスに溢れる Justin Timberlake。

1週間ほど前からAFNのニュースでは伝えられていたが、
Michael Jackson Video vanguard Award の受賞も
納得!
Video of the Year も受賞。

因みにBest Male Video は、Bruno Mars。
Bruno おめでとう!

2人とも複数の賞にノミネートされていた。

Bruno の持つ親和性、すぐ隣にいそうな雰囲気と
明るさそれに情感ある声色。
純粋な心持を垣間見る。

対して JT の魅力は、同じような親和性もありながら、
MJに通じる「故にJTなのだ」と言わしめる唯一無二
の圧倒的な佇まい、だ。

JT は、中性的で全能の"神"的な MJ にはない
セクシーさがエッセンスになり、感性豊かな
パフォーマンスの魅力を深め、独特の存在感を
作り上げている。

そんな彼のパフォーマンスは、Taylor のみならず
名だたるアーティストも夢中にさせた。

http://www.mtv.com/videos/misc/948700/justin-timberlake-medley.jhtml#id=1712041

とは言え、MTV で改めて "神" MJ のパフォーマンス
を観れば、彼が<別格>で、文字通りの「神」でしか
ないように思えてしまう。
そして、いつもの様に涙、だ。

先のキング牧師追悼集会で、ほぼ80%が未だに
「人種差別を感じる」 21世紀の現代。
当時はもっと露骨な差別の風潮があったことは
想像に難くない。

仮に白人であったとしても恐らくは妬みを買う
ほどの群を抜く人気と実力の絶対的存在感。
こんな時代、Afriican American の MJ。

僻みや批判の的になってきた彼の人生は、
周知の事実。
常に屈辱的な歪んだメディア情報。
現代のようにネットや携帯なんて存在しない時代。

幼少から卓越したパフォーマンスで全米はもとより
世界中を夢中にさせ、以後ずっと私たちの想像
を遥かに超えた過剰な干渉と関心の只中が"日常"
のエンターテーメントの世界に身を置いてきた。
MJ 丸ごと「感性」の様な才能を、不断の努力で
磨きを掛け、MJ 丸ごとが「賜物」であると、
涙しながら思い知らされる。

ボロボロになりながらも屈せずに自己を磨き抜き
あらゆる垣根を越えた慈愛をパフォーマンスに
込め続けた精神力と、高みを極める芸術性は、
今観ても確かに他を圧倒している。

JTでも尚、匹敵に至っていないとやっぱり思う。

http://www.mtv.com/videos/news/404982/the-world-unites-over-michael-jackson.jhtml#id=1614860

JT - 素敵。
MJ - 全て。

Michael Jackson believed that all people are
unique and equal, regardless of race or culture.
His message was one of unity, harmony and hope
for a better world.
<MJ one (http://www.michaeljackson.com/us/home)
引用>

2013年8月22日木曜日

イチロー、4000本安打おめでとう!

久しぶりに長い時間見た彼の顔付きは、
高僧のようだった。

ストイックに、只管に、地道に・・・「野球」
に打ち込んできた彼の野球人生を端的に
表している。

インタビューにいつもの様に淡々と応え
ている彼の目には、ファンやチームメイト
の祝福に対してか、苦しさと忍耐の
長く辛かった道のりへの感慨ゆえか、
流石に目が潤んでいた。

そんなイチローのコメントは、、
スタジアムに入って、スターティングメンバー
にいるかを確認して、モチベーションを切り
替えるというメンタルメンのタフさを、珍しく
素直に吐露していたようだった。

けれども、やはり飛び切りの一流選手に
共通する「自己の客観視」「俯瞰の視点」
による誰よりも的確な自己分析と展望が、
語られた。

ヤンキースのチームメイト、ジーターが
「みんなの想像以上に英語が上手く冗談
もたくさん言ういいやつだ」という言葉は、
イチローにとって至極普通の"準備"に
や自己管理能力に対して、ヤンキース
の監督が「毎日コツコツと真剣に野球に
向き合って来ている姿勢は、尊敬に
値する」との言葉同様、歴史的大打者
の"素顔"を称えてのことだと感じた。

     *  *  *

彼の一問一答は、「語録」にしたい程の
コメントだが、特に彼らしいなぁと思えた
部分を残しておこぉっと。

いつも心の片隅に置いて、もう少し
気持ちを強くもって「今」に向かいたい
えるように:

記録が特別な瞬間を作るのではなくて、自分以外の
人たちが特別な瞬間を作ってくれるものだというふうに
強く思いました

(ダグアウトから出てきた時、驚いていたことに対し)
ちょっと、やめて欲しいと思いましたね。嬉しすぎて。
僕のためにゲームを止めて、僕だけのために時間を
作ってくれるという行為はとても想像できるわけがない
ですよね、ヤンキー・スタジアムで

ストレスを抱えた中で、瞬間的に喜びが訪れる、そして
はかなく消えていく、見たいな

これからも失敗をいっぱい重ねていって、たまに上手く
行ってという繰り返しだと思うんですよね。何かを、
バッティングとは何か、野球とは何か、ということを
ほんの少しでも知ることが出来る瞬間というのは、
きっと上手く行かなかった時間とどう自分が対峙するか
によるものだと思うので、なかなか上手く行かないことと
向き合うことはしんどいですけど、これからもそれを
続けていくことだと思います

僕にとって普通のこと

毎日同じことを繰り返す、厳密に言うとすべて同じでは
ないんですけども、そういうことで自分を安定した状態に
もっていくというテクニックはあると思います。ただ、それを
毎日継続できたとしても精神が常に安定するとは限らない
んですよね。ただ、その時点の自分でできることを、
考えられることをやっておきたいということですね。

2013年8月15日木曜日

8月15日-戦後68年

終戦の日。

せんか-戦火・戦渦・戦禍-
を知らない時代に生まれた。

幼い頃から戦争にまつわる話は
その悲惨さの雰囲気を本能的に
回避していたのだろう、子供心に
まともに向かうことはできなかった。

少し前「永遠のゼロ」を、読み応え
があるからという観点から手に取った。

戦時下の若者の話とは思わずに。

ただ、読みすすめるうちに、
文字通り地獄の様な時勢の登場人物たち
の過酷な状況下の生き様や心境に想像を
及ばせると、苦しすぎて、虚しすぎて、そして
絶望すぎて、涙が止まらなくなった。

たわいないことに愚痴する豊かな現代に
のほほんと暮らす自身が、
あの時代に生き抜く力をもてただろうか?
絶望の先の希望を抱いていられただろうか?

凡そ人が生きられる状況ではない激戦地に
赴いた祖父たちの当時へ、僅かながら
心がタイムスリップする。

祖父の弟が散った戦地と永遠のゼロの、
戦場が重なり、見ぬ人への愛おしさが
一層感情を高ぶらせる。

「永遠のゼロ」では、激戦地で限界の中生き、
無念にも命絶えた若者達への鎮魂の本だと
思う。

勿論彼らだけではなく、東京大空襲や原発
など世界大戦を体験した祖母たちもいる。

あの世代の方々は、全て、
コントロールされた国の情報と、
理性を失い暴走した指導者たちの、
犠牲者だ。

ただただ心から辛かっただろうと、無情な
時代に生きた無念の彼らを只管に悼むしかない。

外交的に、各国の立場でもそれぞれにそうした
救いようのない虚しさと、当時の日本への怒り
もあるのだろうけれど、
国や立場は何であれ、たかだかの一個の人間が
有無も言わさずその当時の状況で、「生」を国に
預けたという事実は変わらないし、魂の尊さに
分け隔ては要さない。

「永遠のゼロ」は、時にその書評に批判的なもの
もある-これまでの多くの書物の寄せ集めという。

けれど、それよりも大切なことは、
今の日本の発展は、世界有数ののんびりした国で
あるこの国があるのは、戦争に巻き込まれた当時
の国民であり、そして命散らした尊い彼らの犠牲
の上にあるという真実だ。

「永遠のゼロ」-。

戦争を知らない私たちが、想像を絶する環境下で、
心身ともにボロボロになりながらも、果てるまで
生き抜いた彼らに、ほんの少しでも彼らの想いに
心を寄せたり、絶望を共有しなくてはと思うきっかけ
のひとつになるのなら、それで十分ではないか。

否、きっかけを呼ぶ為には寧ろ「読むべき」とも
いえるかもしれない。

日頃生きることをただ消耗している自らを叱咤する
自省をこめて、終戦の日に、心から手を合わせたい。