2013年1月27日日曜日

『満足』一時さよなら、『残念』再びこんにちは - 両国ランチ

大好きな玄米が美味しくて、
手頃な価格で食べられる。

特にお洒落というわけではないけれど、
席に着くととても落ち着く。
一人で行っても十分居心地いい。
そんな両国の『元気亭』が一時閉店。
その前に・・と駆け込みランチ。

蒸し野菜の定食970円。
ご飯は、大豆入り玄米を選択。

野菜甘く、玄米の炊き具合も絶妙 !!
あぁ体の細胞レベルから大満足。
心も勿論、満たされた。



  

元気亭でランチ後は、
以前贔屓にしていた『マキネスティ』へ。

一時撤退しここ両国の地で焙煎工場としての営業だったが、
待望論もあったのだろうな、
ゆっくり密かにカフェの形態を整えていた。

しかし、赤羽橋のお店で堪能できた
クオリティのケーキとラテではなかった・・・残念。


赤羽橋では欠かさず食べていたのはアップルパイ。
けれど、今回はこの新しいケーキに挑戦。
スパイシーだと説明されそれが魅力で選択したものの、
期待ほどではなく今時のケーキとしては甘味が強かったな。



かつては、エスプレッソがきっちり生きて
ミルクとのバランスも絶妙だったラテ。

今回は、そんなバランスも失われ、
「表面張力!」と言えるほどカップの淵まで、
なみなみとキメ細やかなフォーミングミルクが注がれた
当時の芸術的なラテアートには敵わなかった。

* * *

総合商社時代の先輩と数年ぶりの再会。
共通する話題の多さにお互いびっくり。
当時の思い出や同僚たちの現在の活躍ぶり、
ベーカリーショップや食べ歩き、旅の話などから
日本の将来、政治、生まれ変わり、宇宙の話まで・・・
そして、ブラジルのサンパウロ--。
多岐に渡り話題は尽きず !!
ちょっと夢膨らみ、エネルギー湧いたひとときだった。


【おまけ】

神田明神下にほのぼのする空間のパン屋さん出現。
数年前、軒先の陽だまりで猫がまどろんでいた
あの店の近く・・・。

パンよりもカフェの空間のほうが魅力あり。



2013年1月20日日曜日

なかったことになっている?

「アベノミクス」-。
自民党政権になってから、話題は専ら経済政策。
経済の建て直しばかりに焦点が当たっている。

何だか、消費税が上がることになっている。

「平成14年度には8%」のマインドコントロールの
ベルトコンベアーが稼動。
マスメディアもその流れですっかり定着している。

けれど、これには「景気条項」の付則があるのに。
どうしてあたかも上がることを「是」としているの?

どうせ、取って付けた様なものだとは思うけれど、
何故増税条件の「付則」が無かったことになっている?

増税と引き換え?に彼ら自身が自ら待遇改善を
率先して行うことが求められる。
どうやらそれも、無かったことになっているのか?

比例区の議員定数削減や、そもそも先の選挙を
実施する前に「一票の格差」を是正することも
曖昧に先送り。

結局は財政再建だの何だのと優先順位と大義名分
を盾に、身を切りたくない本音が透けて見える。

彼ら自身の改革は、無いことになっている?
このままうやむやにしてしまうのだろうか?

震災後の、とりわけ福島の復興への道は、
未だ遠く、被災地の環境と人々の暮らしは
今も遅々としている。

  尤も民主党政権の発災当初からの対応の
  稚拙さとその影響が尾を引いてきたので、
  当時野党だった自民党は忸怩たる思いを
  していたろうから、被災地に応える姿勢は、
  少しは仕組みとして稼働し始めてはいる
  ものの、人々の耐性に依存した国の取り
  組みは、未だ不十分と言える。

忸怩たる思いは政治運営全体に、か-。

その上、そこへ割かれた予算は、時に都合の
いいように凡そ関連性の薄い事業に充てられたり、
たとえ割り当てられても、それに悪行や下心が集る。
真に必要としている人々に公正に生かされない。

そんな「おとな」社会。

子供達だけではない「いじめ」。
当然「おとな」になっても「○○ハラ」という"いじめ"
が有るじゃないか。

おとな社会に「いじめ」は無いことになっている?

沖縄だけじゃなく、在日アメリカ軍兵士たちの飲酒
に起因するトラブルは後を絶たない。

何だって?!夜間の外出禁止令が緩和されていた?
全ての兵士に出されていた外出禁止令だが、
海軍と第七艦隊だけは、12月26日にその禁止令が
緩和されていたという。
この報道は1月19日。
あの禁止令を伴う彼らのトラブルも、そのうち無かった
ことになっていくのだろうか?

嗚呼。

2013年1月1日火曜日

"骨を咥えるうさぎ"の2013年。

今年のうさぎは-、
ちゃんと、ぴょん、とする。

世界の政情面からも、
2013年は正念場だろう。

そして、
骨を咥えるうさぎの時間軸的にも
「節目」の年、だ。

いい加減覚悟を決めて、
ちゃんと、
踏み出さなくてはいけない。

これまでずっと、徒に時の流れに乗る、
と自らに言い訳と逃げ道を作ってきた。

節目の今年は、"それ"にも区切りを。

    * * *

いつものように-、
表面に惑わされず、
大局的に、多角的に、
モノゴトを見ていく。

感性を磨く-、
脳みそで判断するよりも
感じ入る感覚を大切にする。

そして、本質をちゃんと掴む。

仰ぐ空の向こうは永遠で星屑に満ちている。
宇宙という無限の時空に心委ねる。
宇宙に「魂」は浮いている、この瞬間も。
我魂も、宇宙の塵-そう心に留めて。

    * * *

願わくば、

お日様のありがたさを感じる
木造の小さな平屋の家。

小鳥のさえずりが日常で、
木々が風に揺られる音を聞く。

青い空が広く、果てしない。
視界広がるその先に山の稜線。

冬は、太陽の暖かさに体の芯から感謝し、
夏は、太陽の陽射しの強さを実感し、
春は、草木の息吹を目の当たりにし、
秋は、樹木の実りや葉の色づきを愛でる。

暮らしは、
ちょっと不自由がちょうどいい。
足りないと感じたら考えて工夫する。
車に乗れば、当たり前のナビ。
自分で地図を辿っていくのがいいな。

きっと、
スマホや携帯電話は、必要ない。
過度な音と人工の光は、心に煩い。
"進化"が生み出す便利な道具は、神が授けて
くれたとっておきの「感覚」「感性」を "退化"させる。

「さてどうしよう」と思うくらいが
却って快適だ。
受動的ではなく、主体的でいたい。

ほどほどこそ、十分豊か。

時間に追わるのではなくて、
"時と共"に過ごしたい。

-叶えたい。