前を歩いていた大人二人。
手に持っていたあき缶を歩調を緩めることなく、
極自然に公衆電話台に"置いて"いった。
片手に缶ビール。ほろ酔い加減で地下鉄に
乗ってきた男達。
空いている車内。
席に座ってビールを飲みながら大きな声で
喋ってる。
そのうち、目的地に着いたのか、
席の下に飲み干した缶を"置いて"席を立った。
同じ降車駅だったので、「缶を持って行け」と
声を掛けたが、所詮酔っ払い。聴く耳など無い。
否、公共マナーの心持ちがあれば、無造作に
無神経に"置いていく"ことも無いだろう。
たまたま一緒のグループで食事をした。
その人たちの中には、早くも店のハシゴの合間
に歩きながら缶ビール。
信号待ちで空になった缶を歩道の植え込みの
端に、きちんと揃えて2つ並べ置く。
信じられないという思いと、さっきまで一緒に
食事をした同じグループだったことで、情けなく
感じつつ、先を急ぐ彼らの後ろ姿を見ながら、
並んだ2つを拾い上げ、路上の自販機に
備え付けの空き缶ボックスに持っていった。
目にした"置いて行く"人たちは、いずれも
70歳前後のおじさんたちだ。
空き缶をところ構わず置いていったり、
歩きながら小さなゴミ屑を自然に捨て置く人。
・・そう言えば、ちょっとブランドっぽいスーパー
でも、買い物カゴやカートをその辺に"置いた"
ままにする女性も結構目に付く。
う~ん思いの外高齢者が多いなぁ。
あくまでも目撃したり体験したりした"統計"的
感覚-。
老いて行く人は"置いて行く"ことは当たり前?
大人を見て子供は育つものなんだけれどなぁ。
2012年10月22日月曜日
一人様の嘆き ~ 「オトナ」の劣化 ~
ドイツモコイツモ-。
我欲に駆られた貧しい心持ちで、他者を踏み倒していく。
日本は言うまでもなく世界のあちこちで、心寒いコトが
"ありふれて"起きている。
パキスタン。
いいオトナが15歳の女の子の言動を否定し発砲し命を
狙う。愚か過ぎる。
しかしそれが世界中が彼女を称え支え、同時に発砲した
タリバン自身の非難を煽っている。
日本では;
政治も視野狭く次に踏み出す1歩しか見ないのか?
国民が税金で雇っている国会議員や内閣。
何よりの税金の無駄遣いである。
官僚も、意図的に解釈巾を持たせた法案を作り出し、
その決まった法案の言葉尻を、イツモノヨウニ都合よく
解釈し、巧みに予算の取り分を削ぎ取っていく。
被災地の未だ進まない瓦礫処理や現状復帰に程遠い
生活を強いられている人々の心労とストレスに、
思い馳せれば、この期に及んでそんな厭らしい考えで
国民が是とした復興のための増税で作った「資金」を
どうして言い逃れに等しい"建前"を盾に迄して「復興
予算」を捥ぎとるのだろう?
与党も、マスコミに騒がれて突き上げられたように、
「予算の中身を検証する」という甘さ。
言われる前に精査する意識がなかった証。
大阪市長の橋下さんの人格を抉る感情に走った記事。
「言論の自由」という彼らにとっての魔法の杖が、どの
様な暴言も、万事許されるとするのか?
言論の自由という権利は、守るべき道義や課された
義務、そして誇りがあってこそだろう。
- 人々はこうやって、与えられた権利を手放して行く
自業に気付くべきである。
彼の政治的な活動を客観的に多角的に分析するのは
理解できるが、好き嫌いという感情だけで、人格を否定
する文章を「週刊誌」という媒体で平然とするのだろう?
ターゲットとされた彼のみならず子供はじめ家族がどれ
程心痛め、その後の人生にも影響を与えるだろうか?
この無慈悲な「発信地」は仮にも評価されるべき言葉
を生業とするノンフィクション作家だというから尚嘆く。
このところ報道され続けている意味のわからない
初老女性の支配的暴力の果てに、死していく二桁
に迫りそうな悲惨な事件。
画期的な研究成果と称えられノーベル賞受賞の
山中伸弥教授を、晴れやかに温かい気持ちで
祝福したいと日本中が湧いた直後に、転がり出た
目の泳ぐ似非着ぐるみパンダ。
素晴らしい研究者達に適った受賞に水を差す
稚拙な「業績」とお粗末な会見。
そして、それを煽った「一流新聞の取材力」。
いい年をした「オトナ」の行動。
どの事柄も気分が悪くなる。
酷いと嘆く以前に、気持ちの悪さが勝ってしまう。
共通するのは、想像力と感性の乏しさだ。
他への配慮、心を寄せる、相手の目線に揃える、
相手を尊ぶ-のイマジネーションがあったら・・・。
例えば、山中教授は彼と共に研究に勤しむ人たちと同体
であると常々意識し、今回の受賞のインタビューでも
しばしば公言されている。
発言する言葉一つ一つ、発言する佇まい、患者を救い
たいという使命感。この研究に掛ける真摯で謙虚で、
何より澄んだ真っ直ぐな信念。
その人柄、器、懐は、世界から称えられるに実に相応しい。
NHKスペシャル「高倉健」を先に見た。
それまでも感じてきたが、一目置かれる一角の人たちは
やっぱり生きることに謙虚で直向、生き方として周囲に
思いを寄せられることができる視野と器。
-総じて魂の質というか心の清らかさが生き様に表れて、
そして顔付きに滲み出る。
もう、劣化したオトナは、いい。
- 思い出そう。
地球を抱くこの宇宙は誕生して137億年。
人類が46億年の地球に生を受けているのは、
たかだか80年前後。
心清らかに生を全うしたいものだ。
我欲に駆られた貧しい心持ちで、他者を踏み倒していく。
日本は言うまでもなく世界のあちこちで、心寒いコトが
"ありふれて"起きている。
パキスタン。
いいオトナが15歳の女の子の言動を否定し発砲し命を
狙う。愚か過ぎる。
しかしそれが世界中が彼女を称え支え、同時に発砲した
タリバン自身の非難を煽っている。
日本では;
政治も視野狭く次に踏み出す1歩しか見ないのか?
国民が税金で雇っている国会議員や内閣。
何よりの税金の無駄遣いである。
官僚も、意図的に解釈巾を持たせた法案を作り出し、
その決まった法案の言葉尻を、イツモノヨウニ都合よく
解釈し、巧みに予算の取り分を削ぎ取っていく。
被災地の未だ進まない瓦礫処理や現状復帰に程遠い
生活を強いられている人々の心労とストレスに、
思い馳せれば、この期に及んでそんな厭らしい考えで
国民が是とした復興のための増税で作った「資金」を
どうして言い逃れに等しい"建前"を盾に迄して「復興
予算」を捥ぎとるのだろう?
与党も、マスコミに騒がれて突き上げられたように、
「予算の中身を検証する」という甘さ。
言われる前に精査する意識がなかった証。
大阪市長の橋下さんの人格を抉る感情に走った記事。
「言論の自由」という彼らにとっての魔法の杖が、どの
様な暴言も、万事許されるとするのか?
言論の自由という権利は、守るべき道義や課された
義務、そして誇りがあってこそだろう。
- 人々はこうやって、与えられた権利を手放して行く
自業に気付くべきである。
彼の政治的な活動を客観的に多角的に分析するのは
理解できるが、好き嫌いという感情だけで、人格を否定
する文章を「週刊誌」という媒体で平然とするのだろう?
ターゲットとされた彼のみならず子供はじめ家族がどれ
程心痛め、その後の人生にも影響を与えるだろうか?
この無慈悲な「発信地」は仮にも評価されるべき言葉
を生業とするノンフィクション作家だというから尚嘆く。
このところ報道され続けている意味のわからない
初老女性の支配的暴力の果てに、死していく二桁
に迫りそうな悲惨な事件。
画期的な研究成果と称えられノーベル賞受賞の
山中伸弥教授を、晴れやかに温かい気持ちで
祝福したいと日本中が湧いた直後に、転がり出た
目の泳ぐ似非着ぐるみパンダ。
素晴らしい研究者達に適った受賞に水を差す
稚拙な「業績」とお粗末な会見。
そして、それを煽った「一流新聞の取材力」。
いい年をした「オトナ」の行動。
どの事柄も気分が悪くなる。
酷いと嘆く以前に、気持ちの悪さが勝ってしまう。
共通するのは、想像力と感性の乏しさだ。
他への配慮、心を寄せる、相手の目線に揃える、
相手を尊ぶ-のイマジネーションがあったら・・・。
例えば、山中教授は彼と共に研究に勤しむ人たちと同体
であると常々意識し、今回の受賞のインタビューでも
しばしば公言されている。
発言する言葉一つ一つ、発言する佇まい、患者を救い
たいという使命感。この研究に掛ける真摯で謙虚で、
何より澄んだ真っ直ぐな信念。
その人柄、器、懐は、世界から称えられるに実に相応しい。
NHKスペシャル「高倉健」を先に見た。
それまでも感じてきたが、一目置かれる一角の人たちは
やっぱり生きることに謙虚で直向、生き方として周囲に
思いを寄せられることができる視野と器。
-総じて魂の質というか心の清らかさが生き様に表れて、
そして顔付きに滲み出る。
もう、劣化したオトナは、いい。
- 思い出そう。
地球を抱くこの宇宙は誕生して137億年。
人類が46億年の地球に生を受けているのは、
たかだか80年前後。
心清らかに生を全うしたいものだ。
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