2012年9月29日土曜日

お一人様、これ即ち『素宙』

思わぬ贈り物を頂いた。
職場の方が趣味にしている落款印を
作ってくれたのだ。
  ↓ 雅号印(左)と姓名印(右)







































遡ること1年ほど前、RI協会の新春川柳の
投稿募集に5作品ほど応募した。

大震災と原発事故の衝撃と波紋が、
社会的にも問題視され、注視され、
個人的にも感じ考えている素材がテーマ。

そのうちのひとつが見事入選したのだった。

『原子力?見直すべきは暮らし方』

そして、雅号は【素宙】。

本質を見失わない
シンプルに暮らす
「素」を大事に
宇宙の流れに素直でありたい

-骨を咥えるうさぎ-
年頭に掲げたこともある心の重石の生き方。
その想いを込めた雅号。

この雅号を気に入ってくださって、
ゆっくり月日をかけ石を削って仕上げてくれた
とても温かみのある落款印。

これからも「素宙」の心をもちつづけ、
ありがたく過ごそう。

- 大切にします。












2012年9月26日水曜日

お一人様の独り言 ~ ニッポンの政治 ~

おぼっちゃんに決まったニュース。
-野党第一党、自民党総裁選挙。
予想はしていたが、まだ懲りないか、と
日本の政治に希望の光を見出すことは
また遠のいた。

前回の投げ出した時の顔付きが余りにも
良くなかったし、投げ出す行為自体が
どんな理由があるにせよ無責任すぎた。

加えて、
今回の総裁選の各人の弁を聴いていても
彼は自分の意見や主張を他を制しても
語る強引さがあり、懐と器の小ささが垣間
見られ、資質という点では甚だ疑問だった。

そんな資質と感情的な部分が表に出やすい
安倍氏に比べ、石破氏は古くは防衛大臣
だった頃からも、比較的大局を見据え本筋
を外さない発言や視点を持っていたように
感じられた。
何より5人の候補者の中で、最も覚悟と
信念が伝わっていた。

そして彼が唯一あの候補者の中で、
自民党の転換期をプラスに舵を切れる
可能性があったようにも、思った。

事実一番支持があったはずだった。

しかし、「一回目は党員票を多数獲得する
石破氏が一位になったとしても、決選投票
となれば、従来の投票・選択基準が重んじられ、
議員受けのあまり良くない石破氏に勝るだろう」
と、争うものが石原氏であろうと安倍氏であろう
と、「一回目の二位」が結果として総裁になる」
とマスメディアは挙って伝えていた。

-果たしてそのとおりだった。

地方の党員票で55%、安倍氏に対してほぼ
ダブルスコアを獲得したにも拘らず、石破氏は
総裁になれなかった。

結局は、この自民党も、民意は後回し。
価値観の転換を図り損ねた、と思わざるを得ない。
好機をみすみす潰してしまった。

 - ・ - ・ - ・ - ・ -

これに先立ち、民主党代表選は、もっとどうでも
いい感じだったっけ。

モノゴトの転換期にはぐちゃぐちゃしたことや
遅々として進まぬことは多いけれど、

彼らの稚拙な政治力は、想像を遥かに超えていた。
与党としての経験の無さを補うだけの責任感と自覚
や気概など、国を創るという志と誇りが欠落していた。

代々の首相は、歴史に汚点を残す人ばかり。

元々外交力の弱い日本を決定づけ、
大震災と原発事故へのあり得ない程鈍間な
取り組みと無責任さに呆れ果て、
挙句に、ドジョウ狸は、党として言った事は
やらないくせに、しないと言ってきた事に
命を掛ける始末。

一体どれだけズレているんだ?

政治家の誇りってどこにあるんだ?

この国に住む者として脱力するばかりだ。

めっきり政治への関心が失われていた。

そんな中民主党代表選の街頭演説では
野田氏への罵声と怒号がすごかったとか。

当たり前だ。

それでもきっと彼はけろりと言うだろう-
「大きな音ですね」と。

やっぱり思わざるを得ない。

日本に、明日はあるのだろうか?と。

2012年9月16日日曜日

お一人様の、「夢は庭付き一戸建て」!

ただ今の夢は、庭のある小さな木造りの家。
家の敷地に「土」があることが何より大事-。

うん、そう、土があること、だ。

限界のある植木鉢では可哀想。

我が家には育ち盛りの子達がたくさん。
何気なく軽い気持ちで種を土に植えてみたら・・・。
すくすく伸び伸び育って、四方やの成長ぶり。

美味しく食べた果物の種、植えてみたら息吹が!

大好きなアボカド、食べる度に植え、芽が出た数は20位。
お陰でここ暫く食べたくても我慢して食べないでいる状態。

そして、一年ほど前に植えた種、すっかり諦めていたのだが、
この夏一気に芽が出だした-パパイヤたち。
どの子も成長著しい。独特の葉っぱが何ともカワイイ。

他にプラム、と思われる子が3本。ピーマン4本。

きっと甘夏が今は3本。
この子達は昨夏アゲハ蝶2匹を育ててくれた。

かぼちゃとゴーヤは1本ずつ。

例え間引きが必要だとしても、整えようとは思わない。
植え替えてそのひ弱な子も育てたい。

自力で芽吹いたその命を最大限生かしたい。

彼らがすくすく育つように。

手前にパパイヤたち。
後はプラム、かぼちゃ、ゴーヤ、ピーマンほか、
一番奥上は、挿し木が育ったアメリカンブルー。
腕白で加速度的に大きくなっているパパイヤ。
この鉢はアメリカンチェリーの種を並べて植えていた。
ところがパパイヤ君たちが4つくらい芽を出して・・・。
一番大きい子の下に2つ隠れてしまっている。
生意気にも、こんなに小さいのに既に大木になる可能性?
根元が太くなっている。
 右:目が出始めた頃。カイワレ大根見たい。
 左:少し経つと違う形の葉が・・・。      
アボカド君たち。
2週間前と比べても成長が早い。
奥の小さい葉をつけているのは、
もう7年くらい居る千日小坊。
生命力逞しくいつの間に増えている。
広くないベランダでは育ち盛りに占拠され、
居場所が無くて、室外機の後ろと横に。
勿論エアコンは使わないから大丈夫。

余りにも増えすぎ、育てきれない・・・と、
アボカドだけではなくパパイヤたちも里子への準備。
我が家の大御所と手前にも小さめ鉢のアボカド
大御所アボカド君の2週間前。
葉の茂り方に勢いがある。
こんなに育つと思わずに、この鉢には
夏みかんやチビアボカドが2つ居るのだ。

アボカドの根元は真っ直ぐ。
パパイヤのそれとは違う。
後ろの即席ペットボトル鉢には
いつの間にか目が出ていた千日小坊の
幼い苗を植え替えて・・・。
きっと、プラム・・・。
その傍らにも四方やのパパイヤ君。
肥料に、と野菜屑を土に混ぜたところ、
屑の筈のピーマンたちも育ち始めた。
地球の惠は無駄なものなんて何も無い。
左の鉢、ゴーヤとかぼちゃ。
横の白い鉢にもピーマン
かぼちゃのアップ。
真夏バルコニー(の面)は尋常な熱をもつので、
地を這うことは、ご遠慮いただいた・・?

かぼちゃも元気に初夏の頃、
蕾ができて根元から順番に可愛らしい花が咲いた。
本当に規律正しくて
一日だけ咲いて隣の蕾が翌日開花していた。


  そう、だから、庭付き一戸建て、なのだ。
- ただ今の夢。

お一人様、久しぶりの軽井沢。

2年ぶりの軽井沢。
今回は叔母念願の軽井沢での個展開催の為。
軽井沢に通うようになって50年。
40年ほど南原(南が丘)が馴染の地だった。

そしてこの数年は、叔母は千々滝に住むように暮らし、
大好きな軽井沢の風景と思いを趣味の絵に描き貯めてきた、
その集大成。
レイクニュータウンにて。







隣のローズガーデンはイギリスのガーデンを
イメージしたものだろう、
散策には最適。心和む。



記念パーティでは、
叔母行きつけの「プリモピアット」の料理。




パーティは日本各地から、60年来の友人などが集まった。
叔母のネットワークの広さを垣間見た。

~  ・  ~  ・  ~

久しぶりのハルニレテラス、SAWAMURAへ。
ランチでは、トマトと夏野菜の冷製スープを。
さっぱりとして軽井沢の夏にはぴったり。
食べ放題の添えのパンが主役か?
と思うほど食べ進めてしまう絶好の相性だ。



相変わらず美味しそうなパン達。








パン・オ・エスプレッソ
とってもおいしかったぁ。



 朝、ハルニレテラスの裏の川のほどりで
SAWAMURAのパンを。


 アウトレットができ、新幹線が開通し・・・、
「避暑地」から「観光地」へと
様変わりしてきた軽井沢だが、
幼い頃から親しんできただけに、
樹木や風、浅間山の美姿、やっぱり馴染む。

~  ・  ~  ・  ~

ビルゲイツ宅の建設中の現場も意外と近い、
今度しっかり見てみよぉ。
体育館のようだとか。




2012年9月11日火曜日

「.11」

あの3.11から1年半。

被災地の復興が早く本格的に進むことを祈っています、
とアナウンサー。

何気ない一言なのだろうが、一年半も経って未だ本格的な
復興に至っていないのだ。
34万余人の避難生活者、死者・行方不明が2万人超。

いま、自分が住んでいる国の現状だ。
世界でその経済力や生活水準が認められている「日本」
での、有り様だ。

もうこの際どうでもいいような器の小さい保身ばかりの
似非政治たちの選挙ごっこに躍起。
-誰がなっても内政は遅々とし外交は刻々劣化
しているじゃないか。

そんな騒ぎを煽り立てるマスコミたち。

税と社会保障の一体改革だってマスコミたちの表面的
で本質を見ない報道。

その裏で、引き取り手の無い身元のわからぬ方々。
震災前の日常を取り戻すことに、未だに見通しが立たない
多くの人たちの少しの希望や夢を大きくできる国の施策は?

どうしてこんなに・・・。
この国に希望はあるのか?

真に人生の路頭に迷う人々への手が十分に差し伸べられない
状態を差し置いて、永田町のガタガタがいつまでも繰り返され
また追随報道するのだろう?

どうしてこんなに優先されるべきことが蔑ろになってしまうの ?

        ・   ・   ・

9.11といえば、アメリカ同時多発テロの惨劇の日でもある。

11年前、NHKのテレビで航空機がワールドトレードセンターに
突っ込み炎上している、とNYの摩天楼に激しい煙に包まれた
映像に唖然としていたそのとき、もう一棟に突っ込んで行く
航空機をリアルタイムで見た衝撃・・・。

        ・   ・   ・

唐突に、無情に、不条理に、悲劇が起こった「.11」。

こんな無用な悲しみはもう経験したくない。

ささやかでもいい、希望をもってこそ生き甲斐が生まれる。

宇宙からすれば瞬く間に満たぬ人間の「生」時間、
それでも、ほんの束の間でも、
一個一個の魂に「生」の価値を見出したいと生きている。

生きることに懸命な魂にきちんと光が当たるように・・・。