2012年5月31日木曜日

お一人様の独り言 ~ 解ってはいたけど、さ ~

予想はしていたものの、それに違わぬ相変わらず
の馬菅ぶりだった。


東京電力福島第1原発事故の検証の「国会の事故
調査委員会」での発言は、議員としても人としても
器の小ささを再び露呈していたが、更に愚かしいのは
発言すればする程に、こちら側が残念に思ってしまう
ことに本人が全く気付いていないことだ。


そもそも当時、なるべき資質の足りない人が国の首相
を務める経緯に至ったことに、甚だ虚しさを感じていた。


まさかその任期中に日本が未曾有の危機的環境に
陥ってしまったことは、将来も含めて日本の不幸。


そしてあの頃の混迷振りと、未だ遅々として被災地の
方々の暮らしに希望への布石が実感できない日本の
政治力の顕著たる部分を端的に表した数ヶ月だった。


彼自身の首相としての自覚と責任が退陣後から時を
経て顧みるに十分な筈だったが、事故調査委員会
での発言では、自己保身と正当化に終始・・・。
発言を聞いているこっちの方が恥ずかしくなってくる。


一連の言動を聞くにつけ、統率力や決断力、洞察力、
責任感がないばかりか人心掌握の資質すらないのは
自明の理、と思わざるを得ない。


国会で堂々塩崎さんらに「菅直人リスク」とまで指摘
されたのは、こともあろうに"元総理"。
身近な同業に揶揄され、やっぱり人相や雰囲気に滲み
出ている"それ"は、確かだった。


「菅直人リスク」-余りにも端的で、しかし日本にとって
余りにも悲劇的。


2011.3.11、日本を襲った地震と津波と、
人災とも言える原発事故の大事な事後対応の
お粗末さ、未だ「菅直人リスク」の影響は残る。


演説の上手い野田さん、政策にかけるその心意気
買うけれど、政治生命を掛けるのは、消費税など
の一体改革ではなくて、3.11以後の被災地の完全
なる回復だ。


未だちんたら瓦礫処理とか原発の扱いに要している
なんて、明日又大きな地震や津波が来るとも限らない
のに。
福島の原発事故現場で地道に作業をする人々への
労いを報いる為にも命を掛けるのは、間違いなく
"こっち"だろう。


原発事故以後アメリカの情報と判断、対応策の迅速性
は、日本政府よりずっと信頼できると実感したものだ。


3.11がなかったとしても、先の野田さんと小沢さん
の会談後、小沢さんの会見をフルで聞けば彼の方が
筋が通っていると、やはり感じる。
自分達の身を切ることは後回し。そのうちうやむやに
なるだろう。


本質を見過ごし表面的な面ばかりを取り上げるマス
メディアの稚拙さも昨今は顕著だが、政治問題も同様。
なぜ消費税止む無しの風潮を作り出しているのか?
彼らの身を切るべきことへの追求のトーンはすっかり
下がっているじゃないか。


失言や資質、権力構図ばかりに突っ込みを入れる野党
や見識や思慮に欠けた適性を疑いたくなる大臣達。
緊張感のない議員達も国民が税金で雇っている。
彼等の既得の権利や特権の見直しは「無かったこと」
「した振り」で済まし、消費税だけが当たり前のように
ちょっと"命を掛けて"みて通るなんて、納得できない。


世界どこでもこんなものなのだろうけれど、
解ってはいたけれど、
何だか世の中、腑に落ちないことが多すぎる。


何だか日本に生きていることが、哀しいほど滑稽-、
そんな風に感じてしまう。

2012年5月25日金曜日

築地に見つけた"パリのブーランジェリ"-『折峰ベーカーズ』

パリの小さなブーランジェリが築地に?


こじんまりした店内は、シャンソンが流れている。
そして、店構えに違わぬ質感のパンたち。
やっぱりハード系のパンに目が奪われる。
お試し感覚で『ゴルゴンゾーラ』とレジ回りにあった
『キャラメルラスク』を。

逸る気持ちを抑えつつ、夏のはしり?と思える陽射し
の中で近くの聖路加病院前の散歩道に。
墨田川を眺めながら、デジカメで撮るのもそこそこに、
『ゴルゴンゾーラ』にパクついた。


物撮りしパリっと食べた途端「好き!タ・イ・プ!」。
「うまっ」。小麦の味わいが引き出されている。

シニフィアン系の好きなテイストだ。
食感に粉のグルテンがしっかり感じられる。
ゴルゴンゾーラのコクある風味に負けない生地。
「もっと買いたい」-二口目にはそう思っていた。
欲求がエンゲル係数を押し上げる。

そして、レジ周りにあった『キャラメルラスク』。


《キャラメルたるものかくあるべき》のそれである。
以前デザートの味作りでは「キャラメルのビター感」
にかなり拘っていたけれど、甘さとほろ苦さのバランス
がラスクの食感にちょうどいい。
 
ラスク仕立てに焼いたパンにシュガーをまぶして作る
それとは一線を画す。
-キャラメリゼされたラスク。
いや「ラスク」と言うより『ラスクキャラメル』。

ビターなキャラメル味のキャラメル的口どけ。
キャラメルはパンのラスクではなく「飴」的な質感。
明治のチェルシーのキャラメルを固くビターにした感じ。
味に満足していたら風が吹き、貴重なキャラメルラスク
が膝からパラパラ落ちていった。
土が付いてもこの程度なら、と3秒ルールを採用。
その位気に入ってしまったのだ。

薫風の中隅田川の風情を味わうよりも、小麦を味わう
ほうが勝ってしまう。程なく再訪店。13時を回った頃。
小さな店は客でいっぱい。
さっき食べて美味しかったのでまた来ちゃいました。
写真とってもいいですか?と了承の上、
他のお客さんの邪魔にならぬように撮らせてもらう。
店のスタッフのホスピタリティーや雰囲気も
パンの質に負けていない。













ハード系のゴルゴンゾーラのパン生地にとても旨みが
あったので、粉の素材感が味わえるものを選択。
「オリミネのスペシャリテ」の『バゲット1/2本』(175円)
と『葡萄ブレッド1/2』(200円)。

『バゲット』は、スペシャリテというだけ合って、シンプル
故に小麦の旨みが凝縮して味わえる。



『葡萄ブレッド』、天然酵母の一晩熟成は美味。
その熟成感は、配合されているきび糖がレーズンとの
馴染みもよく柔らくて素朴な納得の生地。 

丁寧に選ばれた素材を丁寧な工程で作られたパンは、
五感が受け入れ、体の細胞の源になるという滋養感がある。

そんな大好きなシニフィアンシニフィエに通じる小麦の旨さ
が存分味わえるリーンなパンこそ真髄を感じうる店のひとつ。
価値ある値ごろ感のある店に出合えてなんとも嬉しい。

- ・ - ・ -

これからの季節隅田川を眺めつつ、今度こそゆっくりと
『折峰ベーカーズ』の美味しさと隅田川沿いの美景を
堪能する時間を味わいたい。



2012年5月17日木曜日

お一人様の独り言、あれ、これ、と。

《情報フィルター》

少し前小沢さん裁判の控訴を決めたことに対する検事役の
弁護士達の記者会見で、「政治的圧力があったのですか?」
云々という記者からの質問に「そうしたことはないです」。
このシーンはその日何度もニュースになった中でたった1回
だけ見たもの。
[控訴することに政治的圧力を受けたのか?]
- その応答で「やっぱりあるな・・・」。
事実、この控訴によって裁判が継続することとなり、
小沢さんの政治活動は極めて弱くなっていくだろう。

どんなことをしても「小沢一郎」を潰しておきたいという政界・検察、
とにかく悪役にイメージングしているメディア側の偏った報道・・・。

多くの降ってくる(受身)の情報は、構成員は主に大手メディアの
記者クラブフィルターのもの。
私たちは、排他的な側面があることを認識し、情報を能動的に
「取る」「知る」意識を忘れずに持たないと。

様々な立場の様々な既得権益者たちの思惑が見え隠れする。


《未だに茶番のお国事情》

電力会社の電力供給力、会社の経営改善方針、料金値上げ申請・・
国は「外部委員会を設置し、検討する」らしい。
国の行う「検討委員会」なんて、そもそも設置する側の思惑を、
阿吽の呼吸で汲んだ建前なのじゃないか?否現にそうだろう。
-導きたい方向付けのためのものじゃないか。

消費税を含めた法案を通す為に身を切ると言う発想はそもそも
へんてこりんだろう。
国の懐が困窮し未来設計も難しいから、我らから身を正そう、
そして、国民へも負担してもらおう、という思考回路が真っ当
な段階なんじゃないの??
納得行かない、よ。


《古きを捨てて、勇気の一歩踏み出そう》

震災と原発事故当初の国の稚拙な対応が、改めて近々また
詳らかになるだろう。そして私たちは嘆くだろう。

しかし-
多くの人々の人生を混迷させたあの甚大な大震災、
被ってしまった以上、私たちの国、日本は「既成の崩壊」から
新たな可能性と思考へと歩むべきなのに。

わだかまりや柵で、動きたくても動けなかった、壊したくても
壊せなかった古い体質や制度や人々の思考を、何をぐずぐず
しているのだ、と天がクラッシュさせてくれた、と敢えて考えを
シフトさせ、全く新しいアイディアや手立てを追及すべきとき
なのだ。

野焼きの大地に、勢い芽吹く新芽のごとく・・・。

今こそ、もう遅すぎて未だに思考や手法が変わらないような
・・・国を引張る人は勿論、私たちひとりひとりも、"ただ今"
に囚われすぎず大局を見据え「滅私奉公」の精神で、与えら
れた道を輝ける新たな価値感の希望に向かって拓いていこう。


《ガガの羽》

レディーガガ、彼女の言動と、その影響力を見ていると、
いつも鶴の恩返しの姿が重なる。

何れ自身が消耗しきってしまうのではないだろうか?

彼女の社会貢献性は、MJにも通じた"それ"だ。

影響力と名声と実力は既に世界トップだが、地位に溺れる
ことなく、自分の立場や影響力を上手に使い、慈愛の
ベクトルを押しなべて広げようと尽くしている。
新しく若い可能性を引き上げ、弱者に光を当て、支援の
手を惜しまない。
我を投げ出し痛々しく、そのパワーとエネルギー放出は、
献身的ですらある。

まだ26歳。彼女の消耗の激しさを、心から案じてしまう。

ガガ、あなた自身のことも、きちんと慈しんで、と。


《気概と誇りが支えている》

どんなときも自分を客観的に分析し、在るべき目標への
現在置と距離感を意識した姿勢は、全く秀でている。

ピッチング技術は勿論素晴らしい、が。

それ以上にずば抜けて長けているのは、クレバーで
クリアな頭脳とそれを支える気概。

チームにすっかり溶け込みチームメイトからの信頼は
その雰囲気で十分に伝わる。

日本だろうとアメリカだろうと活躍するフィールドを越え、
環境がどこであろうと自身が頂へと進化し続ける志と誇り。

ダルビッシュ有、今日もまた1勝を積み上げた。



2012年5月6日日曜日

『自分で立って、自分で決める』

「地球に生きる、社会で生きる」本質を
健気で無心な子供たちの中に見た番組。
私たち大人が、ある種"怠けてきた"生き方。

輝け!森の子どもたち」《NHK・Eテレ》
 5月4日の夕方偶然見た番組。
http://www.nhk.or.jp/program/holidaydoc/

その題名から、子供社会にフォーカスした
番組にありがちな胡散臭い仕立てのものと
先入観を持っていた、が-。

子供たちに対する大人側の扱い方、特段
問題が起こっても介さずに子供を [放って
置く距離] が実に適切だった。
役割を弁え子供の力を信じる慈愛の現われ
だろうか?

昨今の依頼心強い子供や、気付くと手助けして
いる子供を育てる親に、成長して備えるべき
胆力や所謂自然治癒力を気付かせ、そして、
大事なことは先送り-と自己責任で決められない
大人たちに、感想を聞いてみたい。
(因みに我が身を振り返り、成長がないと自省)

【鳥取県智頭町の「森のようちえん・まるたんぼう」
には園舎が無い。ここに通う3~5歳の21人の
園児は、晴れの日も雨や雪の日も、森を歩く。
毎日が発見の連続だ。大人は、手出し口出しを
最小限に抑え、見守りに徹する】(HPより)

自然が齎す環境に馴染み、だんだんと適応して
置かれた状況の中から答えを出そうと経験を
総動員して考える。
仲間と摩擦を起こし喧嘩をしながらそこから
逃げず自力で収拾し、末にその繋がりが互い
を認め補い合う力になっていく・・・。

春、皆に付いてゆけなかった歩調に、
秋、仲間に手を差し出せるほど心も体力も
付いていた。

与えられた環境を受け止めてその限られた中で
自分がどうするかを自分で決めて行く。
だってあなた自身のことだから、他の誰も決めら
れない-。冷徹なようで慈しみある言葉。

4、5歳の小さな子供なのに、ではない。
それは大人の勝手な目線。
彼らにとっては、「今」の時間も状況が「彼らの世界
そのもの」。選択の意思も余地もなく「そこに居る」
ゆえのこと。

子供が本来持つ力を信じる大人たちの、
強い意志を支える真なる温かい愛情が滲む。


必ず近いうちに再放送、されるに違いない。