精神修行を施した若武者そのもの。
語るその口からは無駄な言葉はこぼれず
あくまで本質的な答えに終始。
ややもするとぶっきらぼうで言葉足らずと
評されるかもしれないが、彼の地に足のついた
ストイックな野球への姿勢を理解していれば
納得するところなのではないだろうか?
不安を感じることはなく、むしろ未知環の選手達
との野球ができるという「環境の変化を楽しみに
している」と実にさらりと語る辺りが彼らしい。
そして彼の技術的に秀でているだけではない
人間としての非凡さを滲ませている。
現役時の活躍で野球殿堂入りのノーラン・ライアン
社長が彼のそうしたメンタリティを高く評価したと
言うのは、何より嬉しい。
メディアも交渉の金額とか表面的な浮ついたこと
ばかり報道せず彼の真なる部分を掴みフォーカス
を当てるべきだろうに・・・。記者会見場でもしかり。
・ ・ ・
レンジャースのマウンドへ向かい、そしてボールを
もって立つ姿、グラウンドが既に馴染んでいる。
ユニホームを着た姿がこんなにも当たり前然と
見えたのも、稀ではないだろうか。
多くの日本人選手が大リーグの記者会見でユニ
ホーム姿を披露してきたが、彼ほどはじめて袖を
通した感が全くなくぴったりしていたのは、そう居ない。
順調に怪我や故障なくこれまで実践してきた彼の
思い描く調整プランに沿った体調管理ができれば、
レンジャーズという球団に、間違いなく彼を獲得して
満足だという結果を齎すと信じたい。願いたい。
まだ25歳。
あの会見で見た彼の平常心(それでも多少は
緊張していただろうけれど)の立ち居振る舞いは
年齢ではなく「生き方」「野球への向かう心構え」
次第であることを、そのまま顕している。
ダルビッシュ・有-。
テキサスレンジャースでの故障なき野球人生を
心から見守り応援したい。
まさに「"有"言実行」を大リーグで!
2012年1月21日土曜日
2012年1月7日土曜日
お一人様の独り言 ~ やっぱり、のガッカリ ~
レビュアーとしてもショップの検索にも利用している「食べログ」。
アノ話題は、やっぱりか・・・と言う感じ。
レビュアー側にも、もしや?加担した存在がないとも言い切れない。
そもそもこの手の口コミには「やらせ」は容易に想像できる。
そして実際行ってみてレビューでは「評価が高い割には」とガッカリ
コメントを書くこともしばしばだったからだ。
これまでも、何軒か「どうしてあんな高評価を得るのか全く合点が
いかないぞ」と損した気分を味わったことが何度かあった。
直近では、神保町の讃岐うどん屋がまさにそれに近いガッカリさ
だったのだ。
率直に言えば「100円の冷凍うどんと何ら違わぬ」とまで表現して
しまいそうだったので、食べログにはコメントを控えていた。
今では、自らレビューを書いている割には、余りレビューは読まず、
評価の分布やその店そのもののHP、客観性を得たくて他のサイト
のレビューなど複合的に判断することにしている。
仕掛ける側も心貧しく情けなく思うが、どの分野でもどんなことでも
加減はあろうが同じような「やらせ」は存在しうるに違いない。
-メディアやテレビ番組だって同類の危うさはある。
特に「何だこのカメラワーク」「できてるインタビュー??」と感じた経験
はある筈。主体者の意図は形となって表れるものだ。
話を戻すと・・、果たして依頼する側も、誇りは捨てていいのかな?
偽りで着飾っても、その店そのものに心を込めたもてなしや味作り
がなければ、訪れた人々への「裏切り」は彼らの失望に輪をかけ、
評判ほどではなかったと辛らつなレビューを返って増やす結果を
生みやしないか?
尺度を少し先まで伸ばして思慮すれば容易に見えてくるだろうに。
安直さでは、真の顧客を獲得し得ない。
何より、同業者・業界からも信頼すら自ら断ち切ってしまう。
挙句、失った信頼は築いてきた努力をゼロ以下にする。
結局、どの世界でもどの分野でもどの人生でも、根本は「心」で
あり真摯さであり地道さ、実直さに勝るものは何もない、のだ。
自分が感じ体験したことを素直に発信したいという真っ当な
コミュニティは、個々の自主的理性によって成立して初めて
【正しく実態に即した素の情報】としてのびのびと自由闊達な
サイトとなっていたのに、こうした端っ子の異分子の存在で忽ち、
全体の情報の信頼性が損なわれ、要らぬ規制をせざるを得なくなる。
自由は、そこに居るひとりひとりが、公共の中の自分を意識した
自制と道徳心が、支えているということをもう一度肝に命じておきたい。
アノ話題は、やっぱりか・・・と言う感じ。
レビュアー側にも、もしや?加担した存在がないとも言い切れない。
そもそもこの手の口コミには「やらせ」は容易に想像できる。
そして実際行ってみてレビューでは「評価が高い割には」とガッカリ
コメントを書くこともしばしばだったからだ。
これまでも、何軒か「どうしてあんな高評価を得るのか全く合点が
いかないぞ」と損した気分を味わったことが何度かあった。
直近では、神保町の讃岐うどん屋がまさにそれに近いガッカリさ
だったのだ。
率直に言えば「100円の冷凍うどんと何ら違わぬ」とまで表現して
しまいそうだったので、食べログにはコメントを控えていた。
今では、自らレビューを書いている割には、余りレビューは読まず、
評価の分布やその店そのもののHP、客観性を得たくて他のサイト
のレビューなど複合的に判断することにしている。
仕掛ける側も心貧しく情けなく思うが、どの分野でもどんなことでも
加減はあろうが同じような「やらせ」は存在しうるに違いない。
-メディアやテレビ番組だって同類の危うさはある。
特に「何だこのカメラワーク」「できてるインタビュー??」と感じた経験
はある筈。主体者の意図は形となって表れるものだ。
話を戻すと・・、果たして依頼する側も、誇りは捨てていいのかな?
偽りで着飾っても、その店そのものに心を込めたもてなしや味作り
がなければ、訪れた人々への「裏切り」は彼らの失望に輪をかけ、
評判ほどではなかったと辛らつなレビューを返って増やす結果を
生みやしないか?
尺度を少し先まで伸ばして思慮すれば容易に見えてくるだろうに。
安直さでは、真の顧客を獲得し得ない。
何より、同業者・業界からも信頼すら自ら断ち切ってしまう。
挙句、失った信頼は築いてきた努力をゼロ以下にする。
結局、どの世界でもどの分野でもどの人生でも、根本は「心」で
あり真摯さであり地道さ、実直さに勝るものは何もない、のだ。
自分が感じ体験したことを素直に発信したいという真っ当な
コミュニティは、個々の自主的理性によって成立して初めて
【正しく実態に即した素の情報】としてのびのびと自由闊達な
サイトとなっていたのに、こうした端っ子の異分子の存在で忽ち、
全体の情報の信頼性が損なわれ、要らぬ規制をせざるを得なくなる。
自由は、そこに居るひとりひとりが、公共の中の自分を意識した
自制と道徳心が、支えているということをもう一度肝に命じておきたい。
2012年1月1日日曜日
一年の計は元旦にあり-2012年 ~心の有体離脱 & ZERO から ∞ へ ~
「骨を咥えるうさぎ」・・1年前、
《本質を見極めること》《シンプルに居ること》を
大切にする生き方を心掛けると掲げたテーマ。
奇しくもこのテーマを試されるようなデキゴトが
世界中、そして言うまでもなく日本でも色々起こった。
始まった2012年は、この状態から真に立ち上がり
前を向いて真っ直ぐに歩めるか、この国だけでなく
世界中の混迷する社会に課せられ、その真価が
問われることになるかも知れない。
そして「生かされる価値」は、心の質の充実度へと
繋がっていくに違いない。
2012年がはじまった今日から、
【本質】を確実に見つめ
【素】-朴、-直、に向かい受け止め、質-であり
【心に芯をもって、決め進む】こと
『心の有体離脱』-即ち、
沈着に状況下の立ち位置を忘れず基本に返る、
本質を素直に敏感に感じ取り判断する、をテーマに
今日から地道に過ごそう、と思う。
そして、感性のアンテナを一杯に伸ばしつつ・・・。
* * *
世界では、価値観の変革 - ZERO から ∞ が生まれる。
いかに既成概念を捨て去り、四方やの違う次元や目線から
のアプローチを生み出せるか?気付けるか?大胆に実践
できるか?
[従前の崩壊]からの可能性の創造を信じたい。
何でもビジネス=金儲けに繋げずにもっとシンプルに
居心地のいいこと、気持ちが和むことを希求してゆけば
自ずと拓かれ、共有すべき価値が築かれてゆくだろう。
私たちが体験した[崩壊]は、原点回帰し新たな歩みへの
絶好の始まりなのだ。
《本質を見極めること》《シンプルに居ること》を
大切にする生き方を心掛けると掲げたテーマ。
奇しくもこのテーマを試されるようなデキゴトが
世界中、そして言うまでもなく日本でも色々起こった。
始まった2012年は、この状態から真に立ち上がり
前を向いて真っ直ぐに歩めるか、この国だけでなく
世界中の混迷する社会に課せられ、その真価が
問われることになるかも知れない。
そして「生かされる価値」は、心の質の充実度へと
繋がっていくに違いない。
2012年がはじまった今日から、
【本質】を確実に見つめ
【素】-朴、-直、に向かい受け止め、質-であり
【心に芯をもって、決め進む】こと
『心の有体離脱』-即ち、
沈着に状況下の立ち位置を忘れず基本に返る、
本質を素直に敏感に感じ取り判断する、をテーマに
今日から地道に過ごそう、と思う。
そして、感性のアンテナを一杯に伸ばしつつ・・・。
* * *
世界では、価値観の変革 - ZERO から ∞ が生まれる。
いかに既成概念を捨て去り、四方やの違う次元や目線から
のアプローチを生み出せるか?気付けるか?大胆に実践
できるか?
[従前の崩壊]からの可能性の創造を信じたい。
何でもビジネス=金儲けに繋げずにもっとシンプルに
居心地のいいこと、気持ちが和むことを希求してゆけば
自ずと拓かれ、共有すべき価値が築かれてゆくだろう。
私たちが体験した[崩壊]は、原点回帰し新たな歩みへの
絶好の始まりなのだ。
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