2011年8月29日月曜日

Happy Birthday to Michael

青く美しい地球の眺めは?

- 宇宙の果て
きら星、一等星の輝きになって
3度目の誕生日。

Michael の歌は、
心折れそうなとき、ふんわりとすくってくれる。
ありがとう。
心寒いとき、ゆったりと抱きしめてくれる。
あたたかい。

心いっぱい、慈しみを、込めて -。

Happy Birthday to Michael !


やっぱり「人柄は滲み出る」。

ラジオで聞いた野田さんの演説。
聞く者の懐に入る語り口は、持ち前のセンスに加え、
財務大臣になるまで25年間殆ど毎朝地元の駅前で辻立ち
してきた丹念な活動によって磨かれたものだろう。
(選ぶ言葉が親しみやすい。心の隙間に巧みに染み入る
ウイットがいい。うまいなぁ。)

実に根気の要ること、政治家としての初心と真摯な信念が
ないと、継続することは出来ないと思う。
語る言葉には気持ちや意思が滲んでいる、と感じられる。

なるほどと思える愚直な人柄は、今日の演説でも伝わってきた。
そして、決選投票後の挨拶での彼の表情は、穏やかさをもち
54歳とは言え、俯瞰の視点が持てる人ではないか?と感じた。
"政の本質を失わず"に大臣に至り、「首相」の頂に・・・至っても
なお本質に軸をおいて踏ん張って尽くして、と。

国内外の人との「信頼」という繋がりを破壊し続けた魂を
感じないセリフの鈍菅"首相"の後任の役回りは、この国難に
自分にチャンスをくれと乞い願う意識の甘さではダメだ。

崩壊した信頼という積み木の山を、再び地道に少しでも繕う
直向さ-とにかく自分が泥をかぶっても責任を全うする覚悟
と揺るがぬ鋼の様な志を持ち臨む気概は必須。

情と忍耐に脆い"昔ながらの議員"という後ろ盾の海くらげさん
よりは、市民目線の辻立ち四半世紀議員の地道な泥鰌さんが
適っているとの判断が、あの票差だったに違いない。

そして、「昭和の時代は過去」への完全移行の始まりだろう。

ココまで低下してきた政治と、それこそ雪だるまの如く膨らみ
続けている今現在の不安と難題。
日本の力量とか課題の克服への道のりは、最早誰になっても
大きな差は、あるとは思えない。

その上震災と原発の扱いに遅々としていた。

とくかく、地道にたゆまぬ歩みで震災と原発被害の方々が、
一日一日それを実感できる政治を、只管に執って欲しい。
ニッポンの内閣が国際社会の笑い者、除け者になることに、
ピリオドを打って欲しい。

現状日本の政治の仕組みで決まった以上、彼の実直さに、
縋るしかない状況。
自ら手を上げ、競り勝ち取った野田氏。
その愚直な泥鰌の「覚悟」を、見守りたい。

党内も野党も、そしてマスメディアも、いい加減に日本の
明日への希望の為にも、今の状況に軸を置くのではなく、
あるべき姿、向かうべき方向へ視点をもって、
「目標へと進む為には」の一点で取り組むこと、願う。

      ~  ~  ~  ~

室伏選手の世界陸上の優勝、心よりおめでとう。
実力と親子に渡って、日本のハンマー投げを実績をもって
引張ってきたそのたゆまぬ努力と活躍に、大きな勲章。
それにしても、いい顔付きをしている。
発する言葉に彼の人柄は滲み出ているではないか。

かつて、「超一流選手は、人格も一流」と記したことが
あるけれど、その言葉をじんわりと思い出した。
そうだ、日々培ってきた信念の元のあゆみは、
その人柄を存在として表しているものなのだ。

「サポートしてくれた全ての人に感謝」とはいうけれど、
支えたいと思わせる本人の魅力があってこそだ。

本人と彼を支えた人々の、努力尽力全力の結集。

目撃した者達の心が温かくなった「金メダル」。

      ・   ・   ・

< この素敵で温かく揺ぎの無い信頼関係が、
  政治の世界にあったなら・・・。 >

2011年8月26日金曜日

お一人様の、嘆きゴト ~『俺達に明日はない』って映画の世界だけじゃない?~

改めて、本当に改めて、鈍菅・馬菅・亞菅。

LIVEで見ていて、心底嘆かわしく聴くに堪えなかった。

1年以上も日本国の首相の座に居座っていたのに、
最後の会見もやっぱり一議員の選挙演説に終始した。
自画自賛した「実績」をつらつらと述べ、
国家の長としての自覚に基づいての、日本の未来を
客観的捉えたり国際的な視点での在り方への言及が
無いばかりか、震災・原発の被災地への実質的で本質
的な対応策への意識は乏しかった。
強いてこの件に触れたと言うならば、それは自己採点
での"実績"を誇張した中でのものでしかない。

やるべきことはやった」と本心からの思いなのか?

「大震災からの復旧・復興、原発事故の収束、社会
保障と税の一体改革など内閣の仕事は確実に前進
してる」のか?
いやいや君がもっと迅速に身を退いていれば、
その何倍も前進してたでしょう。
その上で、
任期中の自己の成果に「一定の達成感を感じている」?
-もうびっくり。
・・・嗚呼メデタすぎる。そして、国民は可哀想すぎる?

たった一人の鈍菅な器の議員の為に、どれだけ日本中
が耐え、犠牲になり、また国際的な立場を失ってきたのか?
被災地の方々はこの会見の一言一句をどう受け止めたの
だろうか?
世界各国はどうみただろうか?

首相としての資質のなさを改めて露呈しただけの会見。

30余年の政治記者歴の中で「歴代最低」と今朝TVで
評していた人に全く異論は無い。
(尤も昨年の党首選当初からの印象が増長してきただけ)

そして、
党内・与野党、業界、マスメディア・・・イロイロな立場の
思惑渦巻く民主党代表選-。
≪後釜≫の小粒さとその争いの見苦しさ、更にメディアの
取り沙汰の仕方に、一体希望を見出すことできる国民は
いるのか?

昨年の代表選挙時以前から、悪者役ではあるものの
実質的な政治力の強かさや大局的視点を持つ小沢氏は、
あらゆる点で、力を持っているのはやっぱり明白。
(とは言え、メディアの伝え方も大いにあろうけれど、
所謂古い政治、昭和の政治家と言う感は否めない)

その小沢氏が海江田氏支持を表明したという。
え?意外-。
「海江田首相」?う~んちょっと想像が及ばない。
(苦悩の末敢えて挙げれば、言葉に気概の滲む
馬淵氏-?!)

-党派を超えて誰が相応しい?
そんな質問されたって、誰もが沈黙しちゃう日本という
国は、本当に本当に、明日に希望が持てるのか?

2011年8月24日水曜日

表明の力学?[引退>立候補 @ ニッポン]

≪ケジメの "所作"≫

1980年代後半-日曜10時から「サンデープロジェクト」(TV朝日)。
奇をてらったお笑い芸人イメージの強い島田紳助のMCで始まった
当時から毎週見ていた。
案の定、政治を主に扱うこの番組の進行には、当初かなりぎこちなさ
はあった。

けれど当時の杞憂は、その後実に巧みにそして要所要所を押さえ
政治問題にもあの田原氏と互角にわたり、すっかり精通したその姿は、
もはやお笑いイメージから見事に脱却。
近年は政治家への転進すら取り沙汰されるほどの引き出しの多さと
深さが魅力の「存在感ある感性豊かな業界人」の筆頭であったことは、
誰しもが認めるところだろう。

唐突過ぎた昨晩の会見-。

引退は、今時の不祥事やスキャンダルに絡んだ政治家、
そして何より一国の首相の座にありながら言葉のアヤで外交損失や
内政、何より原発と震災対応の大幅な停滞を齎しつつ任期を弄んだ
鈍菅氏の身の処し方と比較すると、実に弁えている。

覚悟の決断には、周囲よりも半歩先んじたタイミングが極めて大切
なのだ、と示している。

"切っ掛け"と「引退」の決断への憶測や疑問符は、確かに残しては
いるものの、下した決断の潔さは、彼の思惑通りではないだろうか?


≪民主党代表戦≫

一芸能人の唐突且つ仰天の引退劇で、件の党首選が霞んでしまった。
しかも所謂最有力候補とされた前原氏の立候補表明直後。
ちょっと滑稽。
今の日本の政治力を如実に表しているみたい。

そもそも鈍菅の首相の立場の自覚が皆無の、無責任で曖昧な
言動で、「○月○日に退陣します政治」を許してきた状況こそ、
国益を損ないすぎていないか?おかしくないか?

最近の政治家は本当に顔つきが悪い。ボヤっとしている。
確固たる信念や意思が顔付きに滲み出るものだ。
そんな人としての「厚み」、懐の深さを感じる人は中々居ない。
そうした顔付きばかりがいくつも並ぶ。

自民時代からあれだけ人気取り的視点での党首=首相が
時限的な悲惨な結果を生んでいるのに、この期に及んでも
未だ選出の有り方や"担ぐ理由"は変わらない様に映る。

そして、この従前の流れに一役買っているのは、間違いなく
マスメディアである。
マスメディアの話題の切り口そのものが旧態依然であり、
なんだか他人事のようにどこか無責任な感覚すら擂る。
情報の流しかた取り扱い方に大きく左右される「世論」。
マスコミの情報の発信には、深く責任を担っている自覚を
考えて欲しい。

さておき、最有力らしい前原さん。
本人はこの日本の危機に・・と決意しているものの・・・。
どうなの?個人的には、彼には荷が重過ぎると思うのだが。

遡って考えて欲しい。あのやらせメールのときの党首。
当時の言動と頑なさは、本質的な能力の限界を感じる。
国のリーダーとして、深層まで思い及び先を見据えていく
力が十分か?
世界に、互角に且つ柔軟に対峙しそして壊れきった外交を
修復するだけの「国際人」としての人間味と強かさを持って
いるか?
かなり不安。
現職の鈍菅氏が全くの蚊帳の外の状態も、言わずもがなの
彼への距離感や信頼感の表れではないのだろうか?

その上内政も外交も稀に見る泥まみれの状況の只中。
全く後手後手の、もぐらたたき政治の成れの果て。
ムーディーズの格付けも下がったことも、世界が見る日本
への評価の一端を表している。

     ・  ・  ・

国際的に顔の立つ顔つきのよい政治家って、
一体ドコに居るんだいっ!

2011年8月19日金曜日

消えたウチの居候君

それは、余りにも突然だった。

未だに信じられず、納得のいかない喪失感が襲う。

帰宅すると、
"彼"の姿はひとつの痕跡も残さず消えていた。

-なぜ?

今朝は、健やかな姿を確かに認めたばかりだった。
それなのに。。。

順調な成長を毎日楽しみにしていた。

この経験は、小学生以来。

小学生の頃は、付き合う期間は1ヶ月位あった感覚だったが、
近頃は"早熟"なのか?数十年ぶりのこの出合いの彼は、
ほんの2週間程度で、別れを迎えそうだ、と今朝みた姿に
覚悟していたところだった。

ただ、今から思えば、心当たりはあった。
美しいアゲハチョウの姿を久しぶりに見たのだ。
ゴーヤ達の葉に戯れていた-。

小さな息吹を見つけたのは、8月10日。

何かのご縁。
羽ばたくまで見届けよう!そう思いワクワクした。

その食欲旺盛な彼のために、彼よりも前から育ててきた
大事な夏みかんの木の葉っぱが犠牲になることも、
華麗な成長を遂げた姿が見られるのなら、と甘んじて
見過ごし、食べられるがまま、彼に捧げていた。

今朝は、夏みかんの木は文字通り彼に丸ごと捧げた姿!
葉は一枚も残っていなかった。
昨日の夜までは4~5枚は確かにあった筈。

ここ数日に比べて尋常で旺盛すぎる食欲に驚愕しつつ
それは順調に育っている証拠。
旅立ちへの準備もそう遠くは無いと感じていた矢先-。

「今日は帰宅したら蛹姿を見られるだろう」と、集中豪雨
の天気予報を聞いて、彼が豪雨に晒されないように、と
敢えて『アボカドジャングル』陰へと避難させ対策も講じた。

もう、目前だったのに。

丸坊主の夏みかんの幼い木は、緑色へと変態し成長した
彼には頼りなさ過ぎて雨脚に耐えられなかったのか?
或いは、食後の都度、プランターに植え、敢えて移植せず
無秩序に育てていた甘夏やアボカドたちの小さな茂みでは、
豪雨から彼を守ることは出来なかったのか?

プランターの周辺をあちこち探しても、彼は見つからなかった。

あぁ。可愛そうなことをした・・・。

今や在りし日の姿を収めた画像を懐かしく見るしかない。

8月10日。初めまして-。



日毎に、目に見えて成長していた。
8月15日。変態間近の様子。
8月16日。翌朝、緑色の姿になっていた。
8月19日朝。まさかっ。夏みかんの木は丸坊主!
そして、これが姿を見た最後の朝となった。
局地的豪雨の天気予報に備えて避難。
バランスの悪いほど大きなアボカドの葉っぱの
陰に、彼が過ごした夏みかんの鉢を置いた。

この日、忽然と姿を消した-。

2011年8月5日金曜日

「生かされている」を解釈する

切っ掛けがあればなぁ。

向こうからやってくることを期待している。
いや、立ち竦んで、ただただ偶然の幸運を
棚ボタのように、ぼんやりと待っていちゃダメだ。

気持ちをもって願わなくては。

願う・・与えられる機会を窺っている。
いや、いたずらに上を向いてるだけの
受身じゃダメだ。

自分から向かわなくては。
自分から動かなくては。
いや、それも甘い。

掴み取りに行かなくては。

欲しいもの、望むものをしっかりと心に抱えて。
一心不乱に!
そんな心意気が無いと、ダメだ。

人生なんてそんなもの。
チャンスなんてそんなもの。

わかっちゃいる、け・ど-。

・・・そんなの、
ずっと前から知っている。

わかってる。

でも、

なんだか最近・・・、
生きて、暮らす、夢を叶える、
そんな一個の「人生」っていうもの、
その価値に、惑う。

思慮浅くビジョン乏しい小さな世界の私欲が
目立つ者達に率いられる民の暮らし。

そして、
人々想像力を遥かに超え、あざ笑うかのように襲う、
余りに唐突に容赦なく、太刀打ちできない自然の驚異。

人類が英知を集めて計算したって把握しようと思ったって、
そんなことがちっぽけだと、英知を絞れば絞るほど思い知る、
遥かに想像に及ばない宇宙の広がり。

なんだか、たかだかの一個であることが、余りにも・・・。

うーん、わかっちゃいる、けれど・・・・、なのだ。

    ・  ・  ・

『生かされている』というのはつまり、

宇宙の摂理のなか、
奇跡的に「生を与えられている」という【権利的側面】と
人々や自然環境の享受など
「取り巻く環境に助けられている」という【許容的側面】と、
そして、
洗濯機の中に一人放り込まれるが如く、
ストレス要素、マイナス要素の渦中に揉まれてもなお、
生き抜かなくてはならない-「生を強いられている」
という【義務的側面】でも、ある。

近頃つくづく、
【生かされている】の言葉の深さを実感する。

2011年8月3日水曜日

お一人様の、ため息・・・深い霧の中から明日を望む

民は皆、不満や不審はあるものの
言われるがままに、税を納めている。
どんなに愚裁であっても、
心のない政府であっても。
先ず保身という国家であったとしても・・・。

無い無いと嘯いて、さらに税金や生活費を
圧迫することを淡々と進めている。
既得権益者は、頭がいい。

またブラックボックス、機構ができるの?
建前は非難されないものだけど、
そこにほくそえむボックスがある。

状況が悪化したとしても只管現状に対応する
ニッポンの企業たちをあざ笑うかの如く容赦無い
急激な円高。

日本企業は、それでなくても後手後手に回り、
あらゆる業種に携わる人たちの生活を脅かす
山火事の広がりにも似た原発の、深刻な影響を受け、
漸く立ち直りの兆しが見えてきたのに・・・。

心許ない国の火消し策は、まさに焼け石に水。

経費だけが嵩む。
国税は浪々と無駄金になっていく。
もっと現状を大きく本質的に捉えて、派生される可能性を
推測し、先を見越した対応策を講じる姿勢があったならば、
アメーバのように原発の後遺症を多少なりとも効果ある形に
出来たのではないだろうか?

彼らのお粗末さと大きな勘違いをしている愚裁の後始末を、
ただ歯軋りをして、税金という形で尻拭いし続けるしかないのか?

原発の賠償を東電が負うというけれど、よくよく辿ればその先に
電気料金へ返ってくるし、東電を支える国の政策で費やされる
お金を生み出すのは・・、やっぱり国税が支えているのだ。

今や増税ありきの雰囲気を十分に漂わせ、徐々に国民の
抵抗感を殺いできているが、果たして??

もう、これ以上ザルに水を注ぐような納税やブラックボックスへの
負担は、したくない。

その前に、例えば、
為替のレートに比例した法人税率を変えて行くとか。
交付金じゃなくて「興負金」として、ムダを削った分だけ税金を
控除するとか、
お金を与えるじゃなくて経費を削る仕組みへ、
既成の「かくあるべき」から、ダイナミックに思考シフトを見事に
してからにしてっ、と深い霧に向かって叫びたい。


古今東西、理不尽に民が負担を強いられたり、
不公平な現実を生きているけれど・・・・。

海の向こうのあちこちでも、経済状態があやふやで、
一体これからの世界はどうなってしまうのだろう・・・・。