勘違いも甚だしい。菅違う、だろう。
器量もビジョンも決断力もリーダーシップも、
そもそも感性にも、乏しいと思ってはいたけれど、
まさか愚かしいとまでは考え及ばなかった。
リーダーシップ≒傲慢と同義だと捉えているの?
自衛隊と共にオペレーショントモダチを震災直後から
迅速にそして精力的に継続しているアメリカ軍に謝意を
伝える目的で現地のアメリカ軍を訪問した折、カレは
腰に手を当て体は正面向かず片手で握手の映像は、
余りにも横柄。
とても心を込めて彼らの尽力に礼を尽くしている
「ありがとうございます」には全く見えない。
アメリカ軍は震災と津波の被災地のみならず、レベル7
にも至ってしまった原発事故の収束にも支援している。
(尤も海外の対応の本心は、猫の目クルクル内閣の、
リーダー役が不幸にも最もハッキリしない器量の「順番」
の時、発生した事態そのものへの危機感と、そんな日本
政府のハンドリングが難しいとの見解の元、特に原発は
世界中に影響が大きいだけに、手と口を出さずに居られ
なかったに違いない、きっと。)
大体、時の首相が震災関連での「国民へのメッセージ」
の会見だというのに、今夕の生中継はNHK一社だけ。
確か3月中旬頃の会見では民放も生中継をしていたが、
そのうち生放送は殆ど無くなった。-それもそのはず。
だってこれまでも、そしてやっぱり今日も、一切の
ビジョンは語れず、「そういう」を連発しての抽象的な
中身の無いコメントに終始。
明日を言わず昨日をなぞるような内容はこれまで同様。
政局に思惑を抱いた発言もあちこちにあって・・・。
その上、対応の遅さを質されたときには、「大地震の発生
直後自衛隊に速やかに指示した」と迅速性な指揮を執って
いる証として何度か繰り返して応えていた。
如何にも(カレの決まり文句の)きちんとしっかり役割を
果たしたと言わんばかりだったけれど、この1ヶ月の顕著な
首相としての指揮は、ソレですか?と、カレの常套句"ソレコレ"
で突っ込みたくなる。
まるで小学生の学級会に不意に指名された進行役のようだ。
公の場で口を開けば開くほど器量の無さが際立つ始末。
海外メディアからの質問にも曖昧で中身の無い回答。
(本当にはずかしい。本人には個人的でもいいけれど、
具体的なビジョンは本当に何一つ無い様子。)
復興の原則として挙げた3つも、マニフェストかどこかの会社
の社訓みたい。理念から掘り下げた具体的なビジョンが
必要なのだ。
日本の記者からの質問では「首相の存在そのものが最大の
障害になっている。その座にしがみ付いている理由は?
辞任の考えは無いか」との率直過ぎる不躾な"質問"。
冷静に状況を考えれば、海外メディアも居る公の首相会見で
首相に面と向かって一記者が堂々と"しがみ付いている"と
実に辛らつに「あなたは資質が無い」と聞いている誰もが
受け止めるような言葉で言い放った。
やっぱり皆、(こんな部分でも)思いはひとつなんだ。
カレは記者に「あなたと見方は違う」と応えていたけれど、
見方が違うのは、勘違い-菅、違う・・・。
リーダーシップと紙一重の様なふてぶてしさすらある四選を
果たしたばかりの石原都知事は、先日東京消防庁署員の
命を賭して原発への放水任務完了の報告を受けた時、
何度も深く頭を下げ涙しながらありがとうと謝意を述べていた。
実に、対照的だった。
消防団員の士気や使命感をきちんと受け止め隊長の手を
両手で包み握手をしていたあの姿に、『菅違う』はどういう風に
(感性があれば)感じたのだろう?
片手といえば東電の清水社長も復帰後福島県に謝罪に
訪れた報道の映像で、社長は県側に挨拶しながら片手で
名刺を渡していた。
こちらも、ありえない「謝罪の気持ち」。
寝込みたいのは被害を被っている福島県側の人々。
この人が社長にもつ社員達と、消防庁の隊員達と・・・。
トップとの心のつながりや忠誠心の源は、明らかだ。
この社長の会社が今後日本にとどまらず、陸にとどまらず、
あらゆる方面に計り知れぬ損害を与えたことへの責任に
比例した償いは・・・と思いやられる。
あの日から一ヶ月。
地震も津波も経験したことが無いような規模の自然災害。
そしてこれからも緊張感と不安が果てなく思える原発事故が
重なって、一体この一ヶ月の遅々は、来るべき明日という希望
への道程が、まだまだ遥かに感じざるを得ない。
原発事故は、人間の管理下にあると自負していた原子力の、
「想定を超えた」状況のなか、現時点でまだ一合目程度と
収束という頂上は、遥か。
しかも不気味な地球の揺さぶりは続いている。
1ヶ月前の大地震が本震と概ね見做しているけれど、
果たしてそれが絶対的なものであるのかと、想定を超えた
地震と津波と原発災害を体験したばかりの私達は、
過去経験からの「常識」を信じ「断定」することが真っ当なのか?
自然の非情さは、私達の広く深い苦悩を超えて厳然と立ち
はだかり、46億年営み続ける地球に生かされている人間は、
その厳しさに順応したものだけが地球から生を授けられる
【掟】を改めて思い知る。
だからこそ原発も含めて、ただこの瞬間、生かされている以上、
只管に黙々と与えられた環境のなかで前へ進むしかない。
そして一歩一歩はささやかであったとしても、未来という時間から
振り返ったときには、何れあの日が遠くになる。
【掟】-。
地球の営みに寄り添って呼吸し続けられること、授けられた生
の本能が知っている。