2011年1月29日土曜日

お一人様の、つぶやきゴト、言、事・・・

『続・ドイツ・アルプルス懸賞旅行』

主催会社のSKWイーストアジアのHPに
旅行の様子がアップされたと、連絡が。
⇒http://www.alpensalz.co.jp/campaign/index.html

耳心地良く身体に馴染むドイツ語圏で五感を刺激できた
至れり尽くせりの貴重で希少な体験は、今は昔。

もう「懐かしい」という時間経過を感じてしまう。
時を、いや"心内時計"?を、刻む針の進みは、
益々早まっているようだ。
やれやれ・・。


『ペンは剣よりも強し』

チュニジアやエジプトのデモは、「ペンは剣よりも強し」
の象徴、真理と思える出来事。

長年不満を抱き続けた民の意思。
インターネットという"ペン"で、各々の思いが集結した。
表現手段がネットをベースになった21世紀。
ペンの時代と比べものにならないスピードで情報は伝播し
民意は一心となりうる。

時代の変遷はあるにせよ、
「人の意思・思い・言葉 > 武器・武力」の本質が示された。
力ずくでは人心を統制できない。いつの時代も。どんな国も。
期間の長短こそあれ・・・。

時は留まることはなく、淀む水は腐るという真理。
過剰な権力の集中は判断力を鈍らせ、"それ"を掴んだ者の
心を蝕んで行く。
-栄枯盛衰。

良し悪しはともかく、否が応でも時代変化に順応し対処し
創造と思考を兼ね備え適応力を身に付けるのが成り行き、
-自然の摂理。


『トヨエツ』

もう15年位前?「愛していると言ってくれ」のトヨエツの、
その指先の表情にソコハカトナイ男の色気、当時心奪われた。

セリフの語り口や存在そのものが、ある意味乗るか反るかの
微妙で妖しげな独特の雰囲気。

-大河でのトヨエツ演じる信長、久しぶりに<いい感じ>。


『日影よりも木陰』

住まいの周辺は、近頃マンションの建築が盛ん。
ん?いや新築に移り住んで来て以来ずっとマンション
工事が・・・。ということは、今住んでいるマンションの建築
期間も含めると、昔ながら住んでいるご近所の方々は、
およそ10年毎日工事の騒音。

気づくと、周囲にそぐわない階層高い建物が次々と。
景色が時々刻々変化し、太陽を見る時間が減り、
日影が増えた。

都会に競うように高い建物が建つ度に、見かける度に、
虚しく感じてしまう。
無用にお日様の光を遮っているようで。
空を見る視界を小さくしていくようで。
日当たりが少なくなった分、人の感度が低くなって
しまいそうで。

空を狭くする高い建物がどんどん増えるのは・・・、
建物の影に隠れ元気をなくした花々やビル風に靡く樹木、
アスファルトに見るマンションの長い影は・・・、
どこか心寂しい。

太陽の光を暑い、眩しいと感じ、暖かい、明るいと、
有り難く感じられる環境がいい。感性を持っていたい。

武蔵野に生まれ育った子供の頃、二階建ての戸建が精々で、
窓から見る景色、少し樹木が茂る向こうには、カッコウや鶯の
声も今は懐かしい。

木漏れ日や木陰の豊かな環境を、大切にしたい。

2011年1月19日水曜日

お一人様の独り言 ~ シンプルに・・・結果ヲ求ム。 ~

<国民の皆さんと一緒になって今の日本の状況を
乗り越えて行こうではありませんか>

<国民の皆さんに自分達が一生懸命やっていることを
伝えていくことが大切>

イッタイナニヲイッテイルノダ?

第二次菅内閣発足時のコメント。

えっ総理大臣になって以来、
未だ本気で取り組んでいなかった?
イママデハナニ?

総理大臣になるということは、国の未来を見据えた
先見性とヴィジョンを示しつつ、責任感と重責を自覚し
国を率いて、そして護る覚悟を持っているものだ、
と思ってい・た・か・っ・た・・・。

先陣を切って突破していく気概はないの?
手をつないで国民と一緒に?

確かに、
残念ながらこれまで揺ぎない決意や筋道や、
気概というものは感じられなかったけれど、
愚痴っちゃうとは・・・。

「自分達がこんなに一生懸命しているのに、
国民は分かってくれていない」-なんて、
何を寝ぼけた言い訳をしているのか?

就学前の駄々っ子の言い逃れのようで、
国のリーダーのセリフと思うと、恥ずかしい。

だから・・・、
世界の中で<成熟してない日本>と言われちゃうのだ。

本当に聞くに堪えない。

経過も大切だけれど、政治というのは特段結果が
大事ではないのだろうか?
その上日本は、前の政権から、閉塞感ある期間が
ずっとずっと続いている。

最早結果が全てである。

もっと『政の感度』を磨き鋭敏になってもらいたい。

マチュアな政治を、
そして、
シンプルに、『結果ヲ求ム』。

2011年1月18日火曜日

お一人様の、"ムチャ" 修行?

【ムチャ修行-毎日が修行?】

何だか年々世界中で冬と夏の寒暖の差が激しい傾向を
感じる中、この数年エアコンを使わずに過ごしている。

自身はそんなにやせ我慢しているつもりは、ない。
普段どおり、の感覚なのだけれど。

太陽のぬくもりを有り難く受け止める部屋で過ごしていると、
小さな空間なので十分に暖かく、「暖房」の概念はないのだ。

ただ昨今の夜の冷え込みは、お風呂に入ると湯船が熱湯の
様に感じ、挙句体感温度が実温度に馴染んでくると、
忽ちお湯がぬるくなっていることに気づく。

-つまり、身体が冷えてきっている、ということではないか!!
体の新陳代謝も滞り、肩こりの発生率も高くなり・・・。

暖房をつけない冬の毎日は、流石にややムチャかもしれない。


【ムチャ修行-目標が曖昧な修行もある?】

「あ~もう一週間たった。今日こそは程ほどにしておこう」
そう言い聞かせながら行く区民プール。

文字通り<車との"衝撃の出合い">は、
泳ぐ度に3500mを目標にした週末がやって来る毎に、
いよいよストレスを感じ、そして昨年明けあたりから今までに
なく頻繁に体調を崩し気味になっていた時期と重なったので、
「そろそろおしまい」と<神のお告げ>と受け止め、10余年の
習慣をやめる辻褄合わせのタイミングと考えていた。

一方で、
「これを言い訳に習慣を止めていいのか?」と<ガンバレの神>
が耳元でしつこく問いかける。

-そうだよ。い・つ・で・も、止められるよね?まだ限界ではない。

かくして、再び区民プールに行くことにした。

ただハードルをリセットし「合わせて1500m」に。

だがしかし、半年たって気がつけば、
再び「合わせて3000~3500m」に設定している自分がいる。

通しで平泳ぎ2000mか、途中休憩入れて合わせて兎に角2500m。
息継ぎしない25mクロール2本・・・。
背泳ぎ、クロール流しての平泳ぎ-と結局トータル3~3.500m。

プールに入っている間は、マグロかサバみたいにずっと泳ぎ続け
ている。

あーぁ、どうしてこんなにムキになって、ムチャしちゃうのだろうか?

別に○○大会出場を目指す!なんて目標もないのに。

やはりムチャな習慣?

けれど、さしあたり当面、内なる身体の<声>にきちんと耳を傾け
ながら、余り無理をしないで泳ごう・・・そう思いながらも、やっぱり
いざプールに入ると、時計を見ながら3000mへむけてペースを
組み立てている自分がいる。
哀しい性質なのかもしれない。
仕方ない。
ムチャな修行にならない程度に"適度な負荷"をこなしていこう。

そして、
・・・気づけば、45分程度2000mを泳ぎ続けること、
以前より苦痛感やストレスを感じずに泳いでいるような・・・。

嗚呼。

2011年1月16日日曜日

お一人様の独り言 ~ "現象" に思う ~

タイガーマスク現象が拡がっている。

一人の純粋な善意から忽ちにして「現象化」。

確かに、人の役に立ちたい気持ちや善意の志を伝え、
形にすることとその気運が拡がることが悪いことで
あるわけは、ない。

けれど、ブームの事象を表面情報としないで、
その『本質』を発信してもらいたいし、受け止めたいし、
そして、考えて行きたい。

そうした善意の行動にある『本質』を掘り下げ
突き詰めて捉える、踏み込んで情報から問題提起
を咀嚼して、各々が共感するならば各人の身の丈で
出来ることを-と。

例えば、共感する善意の側も、心の充足から一歩踏み
込んで受け取る側の「必要」を汲み取ろうという意識へと
及ぶかもしれない。

違った角度からこの現象を見るとすると・・・;
-どうして匿名的な行為になりがちなのか?
-連鎖の根底には?
-国を司る人々の考えと彼らのこれまでの社会貢献度合いは?

また、寄付行為が税優遇もあるということが知られているのか?

そして何よりこれを機会に、今まで人知れず、地道に長く活動
してきている人こそ、敢えて積極的にスポットを当てて行くとか、
海外の慈善活動の普及状態とか著名人の活動など。

日本でも、具体的に善行を実践しているタレントが居ても、
謙虚さの美徳的ニッポンの風潮が漂って「良きコト」のアピールは、
なかなか微妙なのかもしれない。

けれど視点を変えれば、模範例として身近に共感できたり
思いを行動に移す術や選択肢があって、しようと思えば
「今の自分」が出来ることもあると改めて気づくチャンス。

クリスマスの日、NHKはニュースの中で、遠い国の貧困にあえぐ
人々の現状を伝えていた。印象的な "ニュース"。

日本中がシアワセ感やひとときの贅沢な一日に浸っている
その只中での意図的な狙いだろう。とても興味深い取り組み。

   せめて、今を生きている自分の環境の外には、想像や忍耐を
   超える過酷な条件を「日常」として生きている命もあるのだ、
   と心にしっかり刻むことだって、大事な意識

この現象の本質を深化させ熟成していけば、
相互扶助という本来人が持つ「本能的な生き甲斐」に気づき、
行動に繋がり、いままでよりもっといっぱいの人-善意を伝える側と
受け取る側-の「こころ」が真のシアワセ感を覚えるに違いない。


・・・きっと一層心地のよい社会循環へと繋がっていく筈。

行為と志に、その『本質』を。

- 現象じゃなくて、日常に。

2011年1月14日金曜日

お一人様の独り言 ~ 追いかける "うさぎ" ~

ことし追いかけたい・・・

~ひと 。

MJはもちろんだけれど、もう一人のマイケル、【Michael Bublé】

『Haven't Met You Yet』は、未だに聴く度に心がほのぼの。

『Hollywood』は、絶妙なシニカルさをウイットたっぷりで
仕上げている。

声も、歌いっぷりも、雰囲気も、何ともいえない魅力的な
人となりが滲み、溢れ、"Myいいじゃんアンテナ" が
今、MAXで捉えているひとりだ。


そして、世間のご多分に漏れず【斉藤祐樹】。

ハンカチ王子の愛称は最早今や昔。

正直、"ゆうちゃん"の親ほどだけれど one of コアな
ファン。
あの謙虚さと生きることに丁寧さを感じる佇まいが、
どこか儚げで、けれど凛としていて、老若男女が応援したく
なる、とやっぱり思う、よね・・・。

プロでの活躍は勿論だけれど、なにより今時稀な
透明感ある心持ちと無垢な人柄、プロの世界に入っても
決して褪せないで欲しい。
人間性の"魅力"こそ、彼の最大の"魅力"の筈。

何を隠そう早実優勝当時、購入した高校野球雑誌の
特集号は、いまも大切に保管している・・・。


~もの

昨年、関心のベクトルが向いた【宇宙】。

漠然と興味はあったものの、その魅力はまさにマルチで
多元的分野の、その先の・・・、究極集約された一点に
あるように感じる。
即ち、科学であり物理学であり、哲学であり宗教観であり、
人間の人生観そのもののような。
「とどのつまり」始まりであり終わりである、という循環。

空を眺めるだけでも、心が解き放たれ、宇宙に抱かれている
何ともいえない充足感に満たされ、裏腹にある種の虚無感
を味わうけれど、
「ただ今」も桁違いの速さで膨張し、人類の思考を凌駕する
無限に拡がり続けている、そう思い及ぶだけで文字通り気を
失ってしまいそう。

はじめは、独特の春樹ワールドだ、と読んでいた、あの
1Q84の、2つの月も、リトルピープルも、時間の移動も、
今となっては何だか実に"現実的"ですらある、のだ。

人類が知っているコトなんて、どれほど些細なものだろう。

思い知る。
人類の理論や思考に、先入観と既成概念と思い込みは、
ご法度だ、と。


~こと。

密かに志の根底にある実現したい「思い」「夢」。

簡単にそしてどこか他力本願的なwantの気持ち。

ダメダメ、どんなことでも、全ては「自分」にある。

そして、それは【宇宙】へ思いを馳せ行き着く先に
ある感覚でもある。

『とどのつまり』。

そうだ、シンプルである。
すればいい、だけ。
実行すればいい、ただそれだけ。

- 『とどのつまり』・・・は、ね。