2010年10月16日土曜日

お一人様の独り言 ~ 「なればいい」の傍観から、「すればいい」の主観へ、今 ~

人目を憚らず洟をすすり涙を必死に堪えてつつ、
けれど、追い続けたい衝動は止められない。
こぼれる涙が周囲に悟られないように、上を向きたいのだけど、
電車の中で正面を向けば、泣き顔が晒される。

不覚だった-。
まさかこれほど気持ちが揺らいでしまうとは!

"Leaving Microsoft to Change the World"

「マイクロソフトでは出会えなかった天職」
と邦訳されている。

あの尾崎豊の息子・裕哉が高校時代 John Wood をきっかけに
現代が抱える不均衡な世の中を何とかしたいと強く突き動かされる
ようになったという。興味をそそられ、読んでみようと思ったのだ。

彼、John Wood 著のこの本は、図書館ですぐに借りることが出来た。
小学生が読めそうな親近感ある装丁のこの本のページを開き、
読み出すと忽ち引き込まれていった。

実に第一章を読み出して初めてページをめくるときには既に神経の
指令は涙腺を緩めていた。

文字は脳の中で画像となり語られているその光景がありありと再現
される。

無垢に、"そこ"に、ただ"今"に、生きる、きらきらと輝く子供の様子。

所謂先進国の「当たり前」がない落差と哀の感情を抱き、当たり前
にある価値観が体中で崩され、シェアというにはおこがましいが、
居ても立ってもいられない感覚が本能として、文字を追う視覚を通して
脳と芯にある「こころ」に伝播した。

差し挟まれた数枚の写真には、素晴らしいという言葉以外見つからない
笑顔と柔らかな眼差しに意志を表示した佇まいのJohn Wood 。
子供たちに負けないくらい真っ直ぐに澄んだ瞳に輝く表情。

文字通り世界を股にかけた企業戦士としての<現役>時代の顔付き、
姿とこっそり比較して見てみたい・・・。

見つめる写真が霞んでいく - またまた涙腺の堤防決壊。

コンピュータやインターネットで世界中を牽引してきた超巨大企業の
幹部の一人だった彼が、自分が育ったベースには子供時代の「本」
「読書」にあると、超エグゼクティブな肩書きを捨てて、世界の最先端の
から"脱却"し、"後戻り" して紙のページをめくる、活字を読む環境を整い
広げていくことこそ人生を捧げると決意至らしめるくだりは、何とも人に
託された使命の面白さを垣間見る思いでもあった。

それは「貧困の連鎖を断ち切るには全ての子供達に教育を」の思いに
駆られ、識字率が低く、教育の行き届かぬ国や地域に図書を、子供達
や女性に教育の機会を、と人間の本質的に立ち返った決断でもある。

彼が献身してきた業界の電子図書が普及傾向に向かう中、たまたま
教育の機会が行き届かない環境に生まれたけれど、吸収する意欲や
学ぶことへの渇望と無限の可能性を秘める純粋で無垢な子供たちに
魅せられ、彼らの思いを叶えたいと言う強い意欲と、幼少時代の体験
紙に印字された文字を読むことの尊さと素晴らしさ-を!と「図書館」
を作ることへ奔走する。
そして彼の声に共鳴する実に多くのひとたち。

本質、essence 大事なこと、かけがいのないこと、を、し、て、い、る、-。

それまで「本来人間はどちらかと言えば業が勝る性悪説なのではないか」
考えてきたけれど、"ひとは「本能的に、他者が心地よい、嬉しい、と感じる
ことを自身の存在意義を自覚し求めている生物」なのかもしれない"と、
読み通すうちに考えが変わっていった。

世の中、一体どれだけの多くの人が誰かのために何かしたいと思い、
或いは事実、行動し始めているのか?

自分以外の対象-人、動植物、環境、地球-に、施したいと思う感情
こそが、「人間」の究極的で原始的な本能なのかも知れない。

そうであるならば、やっぱり「自分が」シアワセにではなくて「自分たちが」と
意識は忽ちに変わって、自分達が生きる環境のあらゆるところが心地の
良い方向へと、補正矯正されていくではないか!

ひとりひとりが、【他者への、所謂<善>をすることに究極の満足感と幸福感
覚える】本能に従えば、どんなにか素敵な地球環境になっていくだろう。

凄まじい時間の忙殺の代償として得た世界有数の最先端企業での実績と、
そこで身に付けた不屈の前進する意志、そしてその環境下にあっても同士
配慮する「心」と社会奉仕への姿勢の構築は、John Wood 自身が元々
持ち合わせた感受性と慈愛のスピリットを一層磨き上げ、世界の隅々の
人々に "学ぶ機会と自立力の育成" への力強い推進力へと繋がっている。

そして・・・、
彼を軸として思いの波動は、勢い大きく強く、今も広がり続けている。

何かしたいと思ったら、その意志は同胞に確実に行き届く。

読んだ者の誰もがきっと、本能を呼び覚まされるだろう-。
今更だったけれど、本当に素敵な本に出合えた。

2010年10月7日木曜日

お一人様の独り言 ~ "やっぱり" の二極ベクトル ~

◇ プラスの "やっぱり" ベクトル

密かに、やっぱりいいじゃん、と頷きたくなる。
NHKの7時のニュースの『武田真一』アナウンサー。
軽快な口調でニュースを語る。

原稿を読むのではなく視聴者に伝えようとする気持ちが
言葉に乗っている。そして随所随所にウィットを感じる。

とりわけキャラクターが冴えるのは〆の小さな情報。
つい笑ってしまう様な一言を添えたり、
聴く者の心が思わず緩む。

「7時のニュースを読むNHKアナウンサー」と言うと、
堅苦しいイメージがあるけれど、この狭い報道アナウンサー
の「枠」内で、とても巧みにお茶目な個性?が垣間見れる。

ニュースを寛いで聴いていられる「ほのぼのするアナウンサー」。
・・・うん、やっぱりいいじゃん。


◆ マイナスの "やっぱり" ベクトル

「検察のストーリーには乗らない」
-それは、つまり
「検察はストーリーに基づいて自供を引き出していました」
そう自ら暴露したようにしか聞こえない。

検察上層部の逮捕と言う、嘆くべき出来事。

でも、これだって、"最近腐り始めたばかりです" なんて思えない。
"ごく一部だけが《作家》なのです"なんて思えない。

それに、そもそも捏造することが出来ちゃう倫理感が、
職業上からすると末恐ろしいけれど、

人間の本質としての根本、正義や道徳心、人間性という次元
で見たら、尚一層嘆かわしい。

2010年10月2日土曜日

お一人様の、"点点" 観測

・"点点"観測-1 《Le Pain Quotidien(ル・パン・コティディアン)》

COMING SOON の看板に、思わず立ち止まって凝視。
なんと、嬉しいことか!
年末にオープンの情報を記して以降、いつ、何処に?
と思っていたけれど、
偶然その答えが目に飛び込んできたのだ。
しかも確実に定期的に「常訪」することが出来る場所。
-東京プリンスホテルの敷地にある「プリンスヴィラ」跡に?
(どうやら12月中オープン予定で進んでいるらしい)

毎年の初詣の他、『原点』としている「増上寺」に行くことが
決まった習慣になっているけれど、その隣に、"Le Pain Quotidien"。
身勝手な解釈を許されるならば、
それはもう、ほぼ<バーチャル MY TABLE> ではないか !!
当時NYで感じたあの感覚をTOKYO店でも経験できるのか?
色々な共感+憧憬の思いの対象が、大切なSPOTに具現化する
待望の店のオープン・・・。
ホントに早く COOMING SOON !


・"点点"観測-2 《新生三越の、デパ地下の、・・・》

食べログの「下書き」中に棚上げされたままの店がある。
"CINAGRO"  (http://cinagro.jp/shop_info/index.html

真夏のある日、初めていく店。
約束の時間までに行き着けなくて、確かのこの辺・・・と周囲
の5、6店に尋ねて回った「シナグロという店、この近くにある
はずなのですが、どのあたりか教えてくれますか?」そう尋ねても、
一様に「・・・えー?シ・ナ・グ・ロ?聞いたことないなぁ」。
けれど連絡を取って辿り着いてみれば、聞き歩いた店の目と鼻の先。
実は表参道にあるあのBVLGARIとCHANEの入ったビルの中。
そんなハデな見栄えのビルの下に、控えめにあるカフェ。
オープン当時はもっとあったスペースが段々小さくなったとか。

ランチは、ブッフェ形式のサラダとドリンクがつく数種類。
この日は平日のスープランチを食べたっけ・・・これで800円は
なんと安いことか!と驚嘆したのを覚えている。

経験した満足感や味わいについて、こぼれるような記憶と感情
を文字にまとめられてなくて・・・とても気に入っているお店なのに、
食べログに「下書き」のまま数ヶ月。

ところが、そのCINAGROが、新生三越のデパ地下に「デリショップ」
を展開していたのだ。

ショーケースの中は彩りを考慮したデリたち。
うーん、でもやっぱり表参道のあの店に行って味わう方が(特に平日)、
何だかこの店の魅力をちゃんと体験できるような気がするな。

-あぁ、それより早く書きあげなくちゃ!!

        ~  ~  ~  ~

それにしても、大賑わいの新生・三越の地下。
広さを考慮されているだろう通路が、ちょっと大袈裟に言えば
年末が近づいているアメ横みたい。

野菜や肉売り場の演出がかなり変わったのは伊勢丹との
統合効果?
老舗的な要素よりも一瞬NYの高級デリZABAR'Sを彷彿させた。

今や東京のデパ地下もアミューズメントパーク。
(そのあと寄った松屋のデパ地下、本当に閑散としていて、
三越の集客力に改めて驚く)


・"点点"観測-3 《繋がり》

あの尾崎豊の息子の歌声を聴いて、血縁恐るべし!

その息子、裕哉君が初DJと話題になった番組から流れてくる
声質はまさに・・親子の繋がりそのもの。
ちょっとかすれた感じとか、どこか"甘える"質感、話しかた-。

「遺伝」とは恐ろしい。

どうしても「あの尾崎豊の」と冠が付いてしまう人生を背負い
ながら、しかしそれを含めて高校生の頃からグローバルな視点
や問題意識をもち解決を模索しながら、実践に取り組む姿には、
尾崎豊と同世代の目から見てまさに子を思う親心の感覚を覚える。

「今」に至る経緯に思いを巡らしつつ、彼の地球の未来を見据えた
心意気を応援したくなった。

本当に若い世代が世の中を良くしよう、と思い行動に移している。
平和へ、環境保全を、と発信する彼ら。
「シアワセになりたい」の主語が数ではなく複数になって、
繋がって、いま、動き出している。


・"点点"観測-4 《繋がる》

銀座の歩行者天国。
若いカップルだけじゃなく、老夫婦、友達同士、10歳前後の娘と
父親・・・実に様々な二人連れが手をつないで歩いている。

「手をつなぐ」-握り合う手同士がしっかり二人をつなげている。
とってもとっても、温かなほのぼのとする光景。

そしてそんな光景が近頃増えているように感じる。

ひと、繋がっている-。


・"点点"観測-5 《繋がっていく》

夜の空への思いを綴ったこの夏。
空を眺めていると、たとえ月や星々がそこになくても、
地球が、そこに生息するものは宇宙と、その先まで
ずっと繋がっているとのだと感じることもできる、と。


一日中雨が降って漸く上ったある夜(10時ごろ)、空は雲が大移動中。

ちょうど一年前、カナディアンロッキーを眼下に見た機内の
窓からみた雲・・・みたい。

再び夜の空に魅せられ、写せる訳はないだろうと思いつつ、
シャッターを切った。しかもフラッシュを使わず


見事にフレームに納まった2ショット。
(撮りたい、そう思った雲達は風に乗って既に形を変えていた)

しかし不思議なことに、それ以降いくらシャッターを切っても、
こんなにくっきり雲を捉えることは出来なかった。

尤も、夜、フラッシュも使わず空に向かって写真を撮れた
ことそのものが、奇跡的なことだろうけれど。

心が動いた風景。

ずっと、繋がっている、その先の果てまで。