◇ 喜楽 = 小さな喜び&楽しみ
『1Q84 3』同様漸く手元に届き、普段使わない脳を働かせさせながら
読んでいた『これからの「正義」の話をしよう』。
返却期限に迫られ焦っていた夜、まさに「白熱教室」のサンデル教授への
インタビュー番組を見ることが出来た。
幾度か「講義を聴きにきた多くの若者達」のナレーションに、先月の公開
講義聴講に競争率8倍の抽選に漏れた理由を「間違いなく若くはないしなぁ」
と慰みとして納得?!
何とか返却に間に合うように読みきった著作の読後の記憶が新鮮なうちに
視聴したこの「白熱教室」が一層面白いと感じていたら、CMのないNHK、
早速次の番組が始まった。
『洋楽倶楽部80’s』!
8月上旬に番組たまごの1つとしてのテスト放送に、心躍ったこの番組が、
10月からは毎週木曜の夜のレギュラーに昇格とか!また小さな楽しみが
秋の夜中にできた。早速リクエストをmail。
やっぱり80’sは飛び切りの時代だったと、音楽だけでなく、「生きてきた
時間」そのものだと感じずにいられない。
この秋は毎週木曜日の夜、「あの頃へのスイッチ」が入る。楽しみだ。
◇ 世界の中で・・・立ち位置の行く末は?
過日、国連総会での菅総理の演説を編集されたニュース-大抵は
ハイライト、骨子を纏めたものになるだろう-を通して聞いた限り、過去の
厚生大臣時代の功績を始め極めて小さい視点(日本国内向けとさして
変わりないような)に立脚した内容であり、国際社会へのアピールとしては
魅力がないなぁと、情けなくなった。
そして今回大ブーイングの中国人船長釈放の愚か過ぎる政府の措置。
国際感覚・外交とは程遠く、怒りを通り越し、呆れて哀しくなってしまう。
日本の内政も経済状況も混沌とし、未だ明るい期待が見られない中
-尤も揺らぎ続ける政治は無用な交代劇の繰り返しも大きな要因と言える
だろうが-、外交はとっくに信頼を欠いていた、と言っても過言ではない
状態に、自ら拍車をかける形になった。
日本政府は中国政府に足元を見られ舐められ切り、揺さぶりを受け続けて
いた印象だ。
13億人を束ねるためには、国を統制する為には、またその指揮者が共産党
という性格もあってか、国際社会でそこまで言い張るかというほどの主張を、
中国は日々強めて来ていたが、それに対して日本の及び腰・弱腰・軟弱さは、
たとえ水面下で「調整」と呼ばれることをしていたにせよ、それは先方とて
同じであり、特殊な感覚を持った国家が相手なら尚、緻密な計算を施す対処
が必要だった筈。
一体どんな"外交交渉"をした結果だったのか、と国民が理解し難い程の
"思慮深い"判断を唐突にした。
虚をつかれた国民は勿論、国際社会でも概ね日本の「外交術」に疑問や
ネガティブな反応を示している。
結果として・・・。
残念ながら国際社会において、国を率いる者は短期入替え制であることを
既に印象付けてきたが、更に信頼を失い、交渉力・主張を持たぬ国として
日本は国格を自ら下げ、国益を損なっていく道筋を辿る行く末を明確にした。
挙句、釈放後も更に強気な声明を出し続ける中国を見ていると、百歩譲って、
たとえ政府の"良かれと思った決断"(「地検だけの判断」にはどうしても詭弁
としか思えない)には、中国との水面下での緻密な外交があったと考えるのは
尚難しく、全く「未熟な日本国政府」に終始してしまう。
先の党首選では、応援していたものの、選挙の過程では昔の名前で出て
います的な色合いは否めないなぁと、お金に灰色的な世論の風潮から
敗戦は止む無しの感があった小沢氏だが・・・。
予ねて中国とのパイプが太いとされていた小沢氏だったらこの問題、
どの様な処し方をしただろうか?
連日の政府の対応や声明を見ながら考えていた。
仮定の話はいくらでも出来るものだけれど・・・;
-太いパイプを巧みに活用し、日本側の断固とした主張をもって交渉して
いたのか、日本側にとっても利を残しつつ表面上は中国の主張を呑むような
妥協を探ったのか?
熟練した政治手腕と"外交の中での日本の立場を主張する"ことを常々
語ってきた経緯を考慮すると、今回にみる将来的な双方の立ち位置や
力関係を鑑みず、場渡り的で稚拙すぎる決定と、徒に尾を引く悪影響
などは、少なくとも招かなかっただろう、と思えてならない。
ともあれ、
この国の国民は自国に誇りを持てないばかりか、いざとなったら国は国民を
守らないだろうという確かなる手応えだけは、得てしまったのではないか?
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
今夜あの「ハーバード白熱教室 in 東京大学」の来日講義が放映された。
抽選漏れに納得した、のは撤回、だ。何とも興味深く見た1時間半だった。
当日の講義はその倍以上の3時間半だったことを知るにつけ、やっぱり
あの日安田講堂に居たかった・・・。
臨場感を感じつつ、まさに白熱したディベートの現場に身を置いて、思考に
刺激と、共に社会というコミュニティを考えようという共有意識を強く持てたに
違いない。
講義に参加していた学生達を通して、日本人の意見を戦わせるディベート力、
しかもそれを流暢な英語によって表現できる力に、彼らは下手な議員や大人
たちより、よほどボーダレスな国際感覚を身に付け、意外としっかりしている
んだなぁと、感心しきりだった。
かつての自らを顧み比較すると、彼らの熟度と逞しさに心強さを覚える。
共通目的(国富と国力の向上)を高めあう為に論議することをすっかり忘れ
互い(与党野党)の言い分や批判を繰り返す昨今の国会議員たちが、この
現場を体験したら、自分達の責任と技量に多少の恥じらいを持っただろうか?
(実際聴講した一国会議員がコメントもしていたが)
意見を自分の言葉で雄弁に語り合えるこれからを背負う青年達、そして
イチローや石川遼はじめ世界を舞台に、技術とメンタルのバランスの取れた
人格優れた誇れる日本人も少なくないのに、彼らの輝かしい可能性と活躍に
水を差すような未成熟な政府・・・。
9月24日の国際社会における日本の判断は、先々どのような日本を作って
いくのだろうか?










