2010年9月26日日曜日

お一人様の独り言 ~ 喜楽 と 怒哀 ~

◇ 喜楽 = 小さな喜び&楽しみ

『1Q84 3』同様漸く手元に届き、普段使わない脳を働かせさせながら
読んでいた『これからの「正義」の話をしよう』。
返却期限に迫られ焦っていた夜、まさに「白熱教室」のサンデル教授への
インタビュー番組を見ることが出来た。

幾度か「講義を聴きにきた多くの若者達」のナレーションに、先月の公開
講義聴講に競争率8倍の抽選に漏れた理由を「間違いなく若くはないしなぁ」
と慰みとして納得?!

何とか返却に間に合うように読みきった著作の読後の記憶が新鮮なうちに
視聴したこの「白熱教室」が一層面白いと感じていたら、CMのないNHK、
早速次の番組が始まった。

『洋楽倶楽部80’s』!
8月上旬に番組たまごの1つとしてのテスト放送に、心躍ったこの番組が、
10月からは毎週木曜の夜のレギュラーに昇格とか!また小さな楽しみが
秋の夜中にできた。早速リクエストをmail。

やっぱり80’sは飛び切りの時代だったと、音楽だけでなく、「生きてきた
時間」そのものだと感じずにいられない。
この秋は毎週木曜日の夜、「あの頃へのスイッチ」が入る。楽しみだ。


◇ 世界の中で・・・立ち位置の行く末は?

過日、国連総会での菅総理の演説を編集されたニュース-大抵は
ハイライト、骨子を纏めたものになるだろう-を通して聞いた限り、過去の
厚生大臣時代の功績を始め極めて小さい視点(日本国内向けとさして
変わりないような)に立脚した内容であり、国際社会へのアピールとしては
魅力がないなぁと、情けなくなった。

そして今回大ブーイングの中国人船長釈放の愚か過ぎる政府の措置。
国際感覚・外交とは程遠く、怒りを通り越し、呆れて哀しくなってしまう。

日本の内政も経済状況も混沌とし、未だ明るい期待が見られない中
-尤も揺らぎ続ける政治は無用な交代劇の繰り返しも大きな要因と言える
だろうが-、外交はとっくに信頼を欠いていた、と言っても過言ではない
状態に、自ら拍車をかける形になった。

日本政府は中国政府に足元を見られ舐められ切り、揺さぶりを受け続けて
いた印象だ。

13億人を束ねるためには、国を統制する為には、またその指揮者が共産党
という性格もあってか、国際社会でそこまで言い張るかというほどの主張を、
中国は日々強めて来ていたが、それに対して日本の及び腰・弱腰・軟弱さは、
たとえ水面下で「調整」と呼ばれることをしていたにせよ、それは先方とて
同じであり、特殊な感覚を持った国家が相手なら尚、緻密な計算を施す対処
が必要だった筈。

一体どんな"外交交渉"をした結果だったのか、と国民が理解し難い程の
"思慮深い"判断を唐突にした。
虚をつかれた国民は勿論、国際社会でも概ね日本の「外交術」に疑問や
ネガティブな反応を示している。

結果として・・・。
残念ながら国際社会において、国を率いる者は短期入替え制であることを
既に印象付けてきたが、更に信頼を失い、交渉力・主張を持たぬ国として
日本は国格を自ら下げ、国益を損なっていく道筋を辿る行く末を明確にした。

挙句、釈放後も更に強気な声明を出し続ける中国を見ていると、百歩譲って、
たとえ政府の"良かれと思った決断"(「地検だけの判断」にはどうしても詭弁
としか思えない)には、中国との水面下での緻密な外交があったと考えるのは
尚難しく、全く「未熟な日本国政府」に終始してしまう。

先の党首選では、応援していたものの、選挙の過程では昔の名前で出て
います的な色合いは否めないなぁと、お金に灰色的な世論の風潮から
敗戦は止む無しの感があった小沢氏だが・・・。

予ねて中国とのパイプが太いとされていた小沢氏だったらこの問題、
どの様な処し方をしただろうか?
連日の政府の対応や声明を見ながら考えていた。

仮定の話はいくらでも出来るものだけれど・・・;

-太いパイプを巧みに活用し、日本側の断固とした主張をもって交渉して
いたのか、日本側にとっても利を残しつつ表面上は中国の主張を呑むような
妥協を探ったのか?

熟練した政治手腕と"外交の中での日本の立場を主張する"ことを常々
語ってきた経緯を考慮すると、今回にみる将来的な双方の立ち位置や
力関係を鑑みず、場渡り的で稚拙すぎる決定と、徒に尾を引く悪影響
などは、少なくとも招かなかっただろう、と思えてならない。

ともあれ、
この国の国民は自国に誇りを持てないばかりか、いざとなったら国は国民を
守らないだろうという確かなる手応えだけは、得てしまったのではないか?

      ~  ・  ~  ・  ~  ・  ~  ・  ~

今夜あの「ハーバード白熱教室 in 東京大学」の来日講義が放映された。

抽選漏れに納得した、のは撤回、だ。何とも興味深く見た1時間半だった。
当日の講義はその倍以上の3時間半だったことを知るにつけ、やっぱり
あの日安田講堂に居たかった・・・。

臨場感を感じつつ、まさに白熱したディベートの現場に身を置いて、思考に
刺激と、共に社会というコミュニティを考えようという共有意識を強く持てたに
違いない。

講義に参加していた学生達を通して、日本人の意見を戦わせるディベート力、
しかもそれを流暢な英語によって表現できる力に、彼らは下手な議員や大人
たちより、よほどボーダレスな国際感覚を身に付け、意外としっかりしている
んだなぁと、感心しきりだった。

かつての自らを顧み比較すると、彼らの熟度と逞しさに心強さを覚える。

共通目的(国富と国力の向上)を高めあう為に論議することをすっかり忘れ
互い(与党野党)の言い分や批判を繰り返す昨今の国会議員たちが、この
現場を体験したら、自分達の責任と技量に多少の恥じらいを持っただろうか?
(実際聴講した一国会議員がコメントもしていたが)

意見を自分の言葉で雄弁に語り合えるこれからを背負う青年達、そして
イチローや石川遼はじめ世界を舞台に、技術とメンタルのバランスの取れた
人格優れた誇れる日本人も少なくないのに、彼らの輝かしい可能性と活躍に
水を差すような未成熟な政府・・・。

9月24日の国際社会における日本の判断は、先々どのような日本を作って
いくのだろうか?

2010年9月23日木曜日

お一人様の・・・ある日の"食" 日記 @ 軽井沢

【haluta】

この春4月に軽井沢店がオープンしたとか。

密かになじみの雑貨店"BONBON"とつながりもあるようで、
訪れる前から好感度を上げていた。

拠点とする地へ散歩感覚で行けるほど、そしてパンの好みとしても、
ハルニレテラスの「SAWAMURA」ほど "近くもない" けれど、
カフェとして利用するには、ちょっとした心地の良い空間。
ショーケースいっぱいのパン達を見に行くだけでも楽しい。

(所感は「食べログ」に記載 ⇒ http://r.tabelog.com/nagano/A2003/A200301/20011411/dtlrvwlst/2003210/)


 
 
 
 


 

 




ラ・・パッキア】

やっぱり美味しいなぁ、また来れて良かったぁ。
本当に外観は普通すぎるし、スタッフもどこか家族ぐるみ的な
雰囲気をもっているけれど、味を含めたCPと満足度は高い。

今回18時半過ぎに入店し最後のひとテーブルを埋めて満席。
ラッキーなタイミング。

☆ 冷製トマトスープ

にんにくが効いたトマトの甘味が凝縮したスープ。
若干オリーブオイルが多い感がしたけれど、「冷たい」温度が心地よい。
"前菜"としても"味わい"の期待に対してもオーダーして正解。


☆ カラスミを使ったスパゲティー (メニュー名は失念)

ガーリックの風味が乗ったオイルベースのさっぱり目のパスタ。
アルデンテなパスタに、カラスミとルッコラ(だったかなぁ)が
程よく馴染んで、パスタを絡めるフォークが皿と口をテンポ良く
往復。お・い・し・い。


☆ 有頭海老のトマトクリームソースのリングイネ

パスタをチョイスする筆頭に来るのは「リングイネ」-大好きなパスタ。
その食感と歯ざわりが堪らない。

そして、ソースは海老や蟹の風味がトマトに濃厚に絡まるソースは、
選択しない理由を見つけるのが、難しいほどの絶対的なプライオリティ
をもつ。

そんな「黄金の掛け算」メニューを迷わず選択したけれど
その期待を裏切らない味わいに、「リングイネ×甲殻類エキスベース
のトマト(クリーム)ソース」が、「黄金の掛け算」メニューであることを
改めて証明した一皿。

きっと、次回も must order。


隣のテーブルのおじさん達が、皿を下げに来る度にスタッフに
「おいしかったよ」と連呼していたのも、何だか自分のことの様に
嬉しく満足。

おなかいっぱいだったけれど、ピザをオーダーしなかったことに
未練が残り、結局帰り際300円のフォカッチャを購入。
(一体いつ食べるのだ?既にhaluta のパンが明日の朝を待ち
受けていたのに・・・)

ともあれ、レジ前で衝動的にオーダー。
2,3分ですぐ焼けますよ、と間髪いれずに手馴れた無駄のない
動きで、生地の形を整え釜に入れ、火加減を計りながら焼き上げる。

そして、まさに出来たて熱々を、手渡してくれるのだ。
この素手で持てないほど"鮮度"のよいフォカッチャを目前にして、
一体誰が食べずにいられようか?- 否っ!

・・・当然の成り行きで、持つ手も食べる口も火傷しそうになりながら、
オリーブオイルをひと穿け塗ったフォカッチャを千切って熱々を頬張る。

- あぁ、う、ま、ぁ、い!

満腹以上に、おいしさを味わえた幸せ感に満足な"食"の一日を締めくくった。

2010年9月19日日曜日

輝く、煌く、瞬く の 畏怖

1年ぶりの軽井沢についたのは夜中の2時半を過ぎていた。
車を降りて踏みしめる土の穏やかな弾力感。
心が解かれる。

軽井沢独特の空気を思い切り吸い込みたくて
両手を伸ばし、そして、天を仰ぐ-。

すごぉい!!

と声が出てしまった。

思わずというフレーズはこうした瞬間にこそ似合うと、
検める。改める。

満天の星空 - 丸ごとプラネタリウムみたい。

いや、本当は逆なんだよ逆。

本来地球の空がきらめく星ぼしで埋まるはずなのに、
人間の暮らしの反動で、ハコモノを見上げる方がリアルに
感じちゃう哀しい捩じれ?

毎日東京の夜空を今日は星が見えるかなぁと、3つ4つ
見えれば上々の満足感を得ていたのは、ナンダッタのだ?

海外の旅先でも、これだけの星数が、夜空を埋め、そして
近くに感じたことはあっただろうか?

すごいといった口はあいたまま、素敵過ぎる夜の星空に
時を忘れて見入りつつ、"大混雑"の星の光を眺めていると、
自分まるごと吸い込まれていくような気持ちに至る。

うっとりするほど素敵な、午前3時の夜空。

あぁ!!

- また明け方を迎える前の夜、TPOを弁えない声を
  出してしまった。

光る太い線、まさに"流れ星"が横切る。

流れ星たるもの、このくらいの迫力ないと!と言わんばかり
の目の前通過。

太古の昔の人々は、悩みなんて抱かなかったのではないか?

彼らの暮らしには、もっといっぱいピカピカと光り輝く星ぼしが
降り注ぐ"ありふれた"果てない夜空が一日の営みに組み込まれて
いたに違いない。

億光年の時間を越えて輝く無数の光のもとでは-、

太古の人々とて感情の浮き沈みはあっただろうけれど、
一日の終わりに頭上を見上げれば、目の前の暮らしに
一喜一憂する心の惑いが無に等しい、と己の感情や状況が、
忽ちにリセットされてしまう、と確信しちゃう圧倒的な天の空。

煌く夜空に心奪われ、ただ只管に包まれていたい気持ちになる。
心が透明に澄んでいく思いに抱かれ、人知を超えた荘厳な感覚、
畏怖を覚える。

軽井沢の星空を仰ぎ見る心は身体を離れて、
古にと、果てなく星空へと、時空を旅する-。

地球という星の、太陽系の、銀河の・・・。

取るに足らない一個の人間の「心」の所在を、
持て余したら、夜空を見上げ、己の足元を見下ろす。

きっと、
果てのない煌く星ぼしからのメッセージを受け取るだろう。

瞬く間だ、と。

無限の拡がりがある、と。

・・・宇宙は、終わりを知らない。

2010年9月5日日曜日

お一人様の独り言 ~ ふたりの OZAWA ~

世界の小澤征爾氏が食道がんを克服し(けれど腰痛を堪えて)、
復帰したという、日本国民ならずともとても嬉しい話題がニュース
で伝えられた。

まだ、体力的な面での懸念は残るものの、どうかどうか完全なる
回復をしてもらいたい。

感情と気持ちを身体全体で表現しオーケストラに伝え、一人一人が
奏でる音を魂ある曲として導く、心身困憊する指揮者という仕事と
拝察するが、とりわけダイナミックで感情をぶつけるような彼の指揮
が、大病を患ったあとだけに、反動がこないで欲しいと願う。
健やかで十分な体力の養生を伴いつつ、
これからもクラシックファンを感動させてもらいたい。

      ~  ~  ・  ~   ~

もう一人のOZAWA、といえば今時期「小沢一郎」以外ない?

同じ政党とは思えない党首選。
候補者本人以上に周囲の党員の異様さが特に際立つ。
予ねて政治家としての力量とスケールは、今となっては恐らく、
良くも悪くも筋の通ったそして肝の据わった「最後の政治家」と
捉えていた。
-小沢一郎、満を持して?の立候補。

当初は随分な勝負を仕掛けたと言う印象だった。
若干タイミングとしては遅すぎた感もしたけれど、余程の覚悟で
臨む「政治家小沢一郎の集大成」としての立候補なのかもしれない。

-そもそもメディアの扱う「情報」には、あらゆるジャンルにおいて、
【事実】という『球体』を眺める視点に、多面性を欠いていると疑問を
持っている。
そして「小沢一郎」というキーワードでもその傾向が端的にある、と
感じてきた-

そうした彼に対するマスメディアのやや恣意的で偏った報道がとりわけ
多かったこれまでの経緯を考えると、寧ろこの立候補によって、新聞や
テレビ報道である種の方向付けされてきた「世論」を構成する国民に
とっては、返って立会演説会や報道機関の露出を通して、今まで蓄積
されたイメージとは異なる「政治家小沢一郎」の側面を垣間見る機会
になっているのではないか。

ニュース枠で、双方が演説する様子を編集された大阪での街頭演説を
見るだけでも、やはりスケールの差は歴然としているように思えた。

目先のことも大事だけれど、国際的な視点と例えば半世紀先の日本の姿
を念頭にした取り組みの議論を横に置き、派閥、仲良し組み、政治とカネ
など感情的要素に左右されがちな小さいことばかりを焦点にあーだこーだ
と「評論家」始めこぞって取り沙汰してきた。
挙句、視界の狭い未成熟な政治になってきたのではないだろうか??

結果として、21世紀になってからは、「歴代総理を答えよ」の設問が
国民の間でもきっと《難問》だったりするし、特に国際的には「日本の
首相は<あしがはやい>」ことで、十二分に恥を晒してきた。

もしこの党首選で、交代することになれば、賞味期限が益々早まった!と、
もう笑うしかないのだけれど、

しかし、
仮に「小沢首相」となったときには、かつて日本が本当に元気だった頃
からの内外問わずの豊富な実績とタフネスさを活かし、恐らくは国際的な
安定感と諸外国に対して、良い意味の緊張感を齎してくれるに相違ない・・・。
互角に渡り合える「日本の立場」を弁えた首相になるのでは?と「世論」
に反して期待している。

・・・今は、確固たるリーダーシップと有言実行力を備えた賞味期限を忘れる
安定感。
そして何をおいても《実力》のあるひと-。

日本国民と国際社会は、本気で求めている筈なのだ。

2010年9月1日水曜日

お一人様の独り言 ~ しないと何にも始まらない ~

9月1日、新しい局面を迎えた。

遡ればほんの10日程前から、今日を想像できただろうか?

まぁ何とか「今日」を無事始まりとすることができそうだ。

・・・時計の針がそう指し示してくれた。ほっ・・・。

ディスプレイに見慣れぬ番号が点滅し、呼んでいる。
ひと段落して今日始めて携帯をONにして間もない。

「もしもし」

本人確認する携帯の向こうの声にはきき覚えがない。

「以前、ドイツアルプスの旅に応募されたのは覚えて
らっしゃいますか?」

「・・・はい」

「ご当選されました」

「え?ほんとおですかぁ?信じられない」

当選を伝えてくれた女性は苦笑する。
「先ほどもお電話していたのですが、電源が入って
いなかったようで・・・」

あぁなんという幸運!
そして・・なんというタ・イ・ミ・ン・グ!

まさか「3組6名さまご招待」の1組?

このラッキーと新しい環境のラッキーが重なる
複雑なタイミング。

貴重な与えられた環境と稀有な確率。
欲張りだ!そんな気持ちもちょぴりするけれど、
どうか神様、このラッキー×ラッキーを、
しっかりと受け止めること、許してください。

心から、謹んで、ありがたく-。


  ~ ★ ~ ★ ~ ★ ~


思い返せば、当たらなくてもいいものに当たって以来
当たってうれしいものに、結構な確率で当たっている
ような・・・。

不幸中の幸いと自らに言い聞かせてきた心身ともに受けた
当時の衝撃も、今は回復。

回復曲線に比例して、ささやかだけど、応募や投稿した
作品たちの掲載とそれに付随する賞品たちに新しい手応え
と醍醐味を感じてきた。

そして俄かに我が身に起こったことと信じがたい海外旅行当選。

-「ハーバード白熱教室」の当選500名に漏れた落選は水に流そう。
いや、むしろこの3組の希少確率に「当選」した幸運の方が、狭き門
的なラッキーさを味わえ、今となっては嬉しいではないか!


『しないと何もも始まらない』って、

懸賞に応募、ラジオに投稿とか、こんなちっぽけなことで、
つくづく実感したこの数ヶ月。

先日またチャレンジした2010年度映画字幕翻訳コンクール。
「映画鑑賞券」狙いだったけれど、取り組んでみると
言葉遊びがとても面白く、コンクールの企画意図そのものが
何ともユニークで素敵。「参加」するだけでも満足だ。

『しないと何も始まらない』のは、

なにも結果だけではないのだ、モチベーションや心持にも
エネルギーをチャージしてくれる。そして<それ>をするのは
誰でもない【自分自身】。

-- そう教えてくれている。