2010年5月29日土曜日

彷徨える中東"ベロード"

近頃どうも、ざっくり言うと「あっちの方-中近東方面」の料理に食指が動く。

これまでも、陸の孤島的立地の David's Deli とか今や老舗ともいえるだろう
PITA THE GREAT などイスラエル料理に、オイシイと舌が喜んでいた。

思い返せば、それは今から15年ほど前?会社の出張でアメリカ西海岸で
食べた"ファラフェル"に遡るかもしれない。
海外旅行でも昨今はギリシャとかイスラエル料理を食べていたような・・・。
ファラフェルは必ず流行るはず、そう思って早3年。
"予言"は単なる思い込みに終わる???
いや間もなく「旬」を迎えるに違いない - きっと、ね。

そんな中、富に「食べたい」感が高まってきていたトルコ料理。

本当に久しぶりにクラシック(ヴァイオリン)コンサートで五感に刺激を与えられ、
味覚にも刺激を、とその帰りに寄ったトルコ料理店"ASENA"。

週末の赤坂周辺は、平日に比べてひっそりした感がある。
今時期にしては、寒さもぶり返していたので、余計に街が寂しく感じた。
大丈夫かな? 店の空虚感を垣間見て一瞬入るのを躊躇したが、「トルコ料理」
への思いを残すわけにも行かず、空席が目立つ店内へ。

メニューの多さに、魅力と決め手の折り合いが付かずスタッフのオススメを
そのままオーダー。

"もう一味"のムダ(敢えて呼ぶ)を排した、それでいて曖昧ながら「中東」の
雰囲気をその味に感じる、あっさりしているがどこと泣くエキゾチックなテイストは、
どの皿も食べやすく体の喜ぶ素直なおいしさがあった。
(ちょっぴり曖昧な食後感ではあるけれど、好きなテイストであることは確か、だ)



「エキメキ」と「アボカドとサーモンのサラダ」
サーモンは肉厚でフレッシュな風味。
とこの地域の料理には欠かせないきゅうりやトマトに、オニオンスライスの
シンプルな組み合わせと味付け。
程よい弾性の食感のエキメキと一緒に食べれば、サーモンとアボカドの
オープンサンドを堪能できる。



「ラム肉のトマト煮込み」
トマトの優しい酸味が子羊特有の風味をマイルドに押さえ、柔らかく煮込んでいる。
ピーマンもナスもそして子羊も、それぞれの素材の味わいを保つ為に、所謂
「味付け」も最小限度。それでも、だから?飽きずにボリュームのある皿でも
食べ尽くせたのだろう。



「ポテトフライのガーリックヨーグルトソース添え」
ヨーグルトにガーリック -中東<らしい>テイストの一品。
ヨーグルトと言うよりも、酸味の度合いも柔らかく寧ろサワークリームに近いコク。
ガーリックはよく油となじみまろやかさがあった。
深みのあるヨーグルトの乳感とガーリックの食指をそそる風味がバランスよく、
油で炒め煮したようなホックリ感あるフライドポテトに絡めて食べれば、また旨し。
このヨーグルトソース、《万能の守備範囲》とみた。



「さくらんぼのチャイ」
チャイ=ミルクで煮込んだ紅茶と思っていたけれど、
さくらんぼリキュール?のほのかな香りと甘さのお茶。

人間味のあるスタッフも親しみやすく、長居できそうな空間、ASENA。

ボリュームや味、見栄えなど料理のパフォーマンスから見れば、店内が
空いていたのは、やはり週末の赤坂故だったからに違いない?
とびきりインパクトを残すおいしさと言うよりも、あぁまた食べたいと食事を
しながら思える、ボディブローに利く様な、体が記憶する味わいだった。

世間で流行らなくとも、ひとり、十分にブームとなっている。
秘めたる候補地(店)を一つ一つ制覇したい・・・。

暫くは中東料理へ舌(ベロ)のベクトルは、そのテイストを彷徨い求めて
中東"ベロード"へ向かうだろう。

2010年5月24日月曜日

「断腸の思い」の<思い> 

宮崎牛の種牛殺処分に断腸の思いで決断した、と涙した。

沖縄のアメリカ軍基地問題に断腸の思いで結論を出した。

ふたつの「断腸の思い」には、とても大きな思いの深さの違いを感じて
ならない。

首相の断腸の思いは沖縄の方々への「申し訳ない」思いではなくて、
自分のこれ迄の紆余曲折した発言の着地点に対する「不甲斐ない結論
に至ってしまった結論」自体に向けたものの様に聞こえる。

仮に就任後ずっと身を削る思いで模索検討交渉し尽くした末に、やむを得ず
辿り戻ってしまった苦渋の選択の結果だったとしたら、そしてそれらが進捗
として"誠意を持って"何らかの形で、これ迄に地元に密やかにでも伝えられて
きた経緯があったとしたら、多少なりともその「思い」は私達に伝わり、理解
しえたかも知れない。

鳩山首相の「断腸の思い」は、沖縄の人々への詫びと理解を込めた言葉では
なく、寧ろ自らの言葉の変遷を認めざるを得ない、というプライドに対するもの
なのだろうと、穿った憶測もしたくなる。

-それは「期待の振り子」の反動分の落胆が強すぎる現地の人たちの反応
からの推察に過ぎない、が。

・・・大学時代、自学の学費が政治献金になっているんじゃない?と冗談半分
思っていたけれど、先に、議員としてそれなりの給与を得てきた上に60歳を
過ぎて尚、月々1500万円の破格の「こども手当て」を貰い続けていた事実を
知らされれば、そんな冗談も強ち「冗談々々」と一笑に付すことはできない、
ではない、か・・・。

国の長、首相が発する言葉に、今どきのつぶやき程の軽さがあるのは、
ツイッターをしているから?!

加えて、学級崩壊の様な現内閣、見るに堪えない。聞くに堪えない。

宮崎県知事が涙した口てい疫感染への対策をみても、対策が遅れれば
遅れる程、結局は費用も嵩み、事業仕分けのムダ以上の本来不要な税金が
つぎ込まれていく、と言う連鎖もあるわけで・・・

あぁいったい明日の国の体はどうなるのだろう?

さて、世界にはどんな風に映っているのだろう?

昨秋、政権崩壊、じゃなかった「政権交代」目前当時 "政党はツール" と記した
けれど、今のままだと金魚すくいの「ポイ」の如く耐性なくすぐに破れ、国を "救う"
ツールにもならず、 それこそ次の選挙でポイされちゃうのも、目に見えている。

真っ当に取り組んできただろう多くの議員もいる訳で、彼らの労力が、徒労に
終わりませんように。
少しは、軌道修正への道筋を作っているだろう、と。

「お上のやること、雲の上」だった時代から、漸く雲間が晴れて初めて見えてきた
開いた口が開いたまんまの呆れるしかない驚くべき体質の数々(皆薄々気づいて
いたが)-これらも 事業仕分けによる彼らの確かな実績でもあるのだけれど。

だがしかし詳らかにして指摘をしただけで、今後これらが庶民・地上人同等の
意識となり、機能するのかは、今後の国民の厳しい継続的な観察次第。

少なからず人は誰でも「不自由なく贅沢できる"当たり前」を一度手に入れたら、
それを自ら進んで手放せない業はある。そしてそれが空気の如く意識すらしない
当たり前なら尚のこと。
そんな天にも昇る心地よい待遇であった"雲上人"たちが、自ら居心地良い環境
や権利を放棄するとは、到底思えない。
(末端の予算は削っても自分の給与は守る、とか)
あったとしてもその環境適合へは、大変な時間を要する手強い習慣だ。



そして、「ポイ」状態の政権運営下では、官僚たちの呟きが聞こえてきそう;
何だかんだあっても結局は、政権はまた代わるだろうから、今じっと耐えて
凌げばいい、と。

いやいや、既得権益のオイシさは堪らないだろうけれど、天下りの皆さん、
明日の見えないガタガタの今、ここは堪え時、どうか目を覚まして国を思う
初心に返って、雲上から降りてきて、地上人の感覚に覚醒して!
(そして地上人の庶民は、覚醒する様にWATCHする義務もある)

自分達の思考単位が単数ではなく複数になっていけば・・・・。

困難なこと、理不尽なことに溢れているのが世の中と頭では解ってはいる。

でも、甚だしい苦しみや悲しみや不公平が、ちょっとでも減って欲しい。

そんな気持ちを一人一人が持って日々ささやかに過ごせば、ニッポンの空の
雲間から、太陽の光が差し込む、と希望を抱きたい。

2010年5月19日水曜日

お一人様の独り言 ~ あれこれ ~

★ 意外と面白い「ハーバード白熱教室」

NHK教育チャンネルで日曜日夜に放映している。
中々興味深い番組。面白い。

HPをみると
  アメリカ建国よりも古いハーバード大学の歴史上、履修学生の
  数が最高記録を更新した授業がある。政治哲学のマイケル・
  サンデル教授の授業「Justice(正義)」である。
と、番組概要にある。なるほどぉ、納得。

とは言え、ついついノートを取りたくなってしまう衝動が起こるも、
頭と筆記力が衰えて、教授の解説を脳の片隅で咀嚼も瞬時にできず、
その上、次々キーワードが語られるも、書き留めきれずに記憶の器から
教授の言葉が溢れこぼれていく---。
何とも情けないっ!

これこそ、テキストがあればいいのになぁ。(・・・いや、本当に)



★ Greyson Chance 12歳

YouTubeの彼のネームはgreyson97。
えっ-そうか、「20世紀末」の生まれ、なのかぁ・・・。
けれど、Jusutin 以上にチャーミングに感じるのは、何も年齢が
若いだけ、ではない。
パフォーマンスも佇まいも、好感が持てる。



★ iPad

この手の類に全く疎意と自他共に認めるところだが・・・;
10年ぶりのTOEIC受験用(使い方、オカシイ?!)に iPod を
買ったとき、「アイパッドってさぁ」と職場の同僚達に話した途端、
大笑いをされたのは、今は昔。
もしや既に今日の大ブームを予感していた??



★ 黒豆の威力?

バナナの次は、黒豆!っと話題。
一時毎朝黒豆煮を食していたが、この1年半ほどは遠のいていた。
けれど、もう一度縋ってみようと、今度は玄米と一緒にちょっと多めに
焚くことにした。
・・・かなり旨い!! 黒豆自体と一緒に焚いた玄米自身にも黒豆の風味
が移り、相乗効果。もしかしたら黒豆甘煮よりも嵌るおいしさ。

その上、確かに食べ始めてから "実感できるもの" がある。

黒豆 - 味の魅力とスリム化への魅力。言う事のない優等生だ。



★ 薫風、五月

息吹く緑に「始まり」と「勢い」と「命のエネルギー」を感じる。
とても心地の良い季節-。

   

     
 

2010年5月12日水曜日

お一人様の独り言 - 時空の新陳代謝?!

★双子に見えちゃうイギリス新連立政権

キャメロン首相 39歳で党首。そして今回国の首相に。
多国籍カルチャー?のクレッグ副首相。 
共に43歳。党が違うから勿論政策は異なるけれど、連立を組む、と。
普通に考えれば、へんてこな連立政権なのだろう。
しかしここは、ちょっと難しい視点は敢えて無視し「既成概念」を壊して
《今のイギリスを何とかしたいんだ》の一点で、繋ごうとする"もがき"もアリ?
党の政策ではなくて「国をどうすべきか」のビジョン。

どうしてもキャメロン氏クレッグ氏の二人が双子に見えちゃうのは、写生が
苦手った観察力・識別感覚が鈍いからだろうか?

まぁ折角の機会?なので、敢えて「瓜二つ」のキャメロン、クレッグ両氏。
この際、容姿だけでなくsympathy した「双子」が synchronize して、
党の違いを synergy の力に変え、求心力と統率力を発揮し、イギリス国民
の期待に応える姿を、まさに「期待」を込めて見守る - とまとめてみる。

- 思うのだ、あの歴史上画期的となったオバマ大統領の誕生以来、
世界でひとつの「時」の概念が確実に終わり、それまでとは異なる「価値」
や「思想」の新しい潮流が生まれ始めている、と。

それを促がす原動力となっているのは、40代のひとびと。
政治的には、世界のあちこちで「ケネディ」が登場というところ?



そして、

人間の感性を磨く分野でも、その傾向は確かに、ある。



★夢、conduct!

初めて知ったのは20年以上前-「題名のない音楽会」はしかし40年以上
続いている長寿番組だった。クラシック入門の垣根を低く感じられる番組だ。
この番組の現在の司会者は、佐渡裕。あの多忙な身にありながら・・・・。

彼の何とも大らか且つエネルギッシュな、それでいて指揮者にありがちな
神聖、硬い、一心・・・に通じる"もう少し明るさが欲しい"オーラではなく、
快活で楽し気な印象すら覚える指揮の姿には、引き込まれるものがある。
その上、予ねて彼の若手や子ども達を育てる取り組みにも積極的で、
指揮者としての才と共に魅力を感じる人でもある。

彼は49歳を迎えた今日を前に「ベルリン・フィルで指揮を振る」小学生時代
の夢を叶えることとなった。

指揮を振ることが決まる直前、夫人の助言によりベルリンへ引越したことや
待望の赤ちゃんができたことなど、夢へのconduct が "準備されていた"
かのようなエピソードに"機"を感じる。

文字通り夢の舞台となる来年五月、一層ダイナミックな彼のconduct する
ベルリン・フィルが楽しみ。

 

★ MATUREな石川遼

比較を世界レベルに拡大しても、最もMATUREな一人に挙がるだろう石川遼。

技術以上にとにかく(北野武はじめ)誰もが脱帽するのが、成熟した言動。
言葉の使いかた・表現力とその内容は、へなちょこな政治家なんて足元にも
及ばない。

アグレッシブな有言実行力、確固たる信念の志。冷静沈着。大局の中にいる
自己の立ち位置をどんな時でも客観視できる精神力・・・その素晴らしい人格に、
美辞麗句を並べ立て全面的に褒めることを許される稀有な若者と言えるだろう。

「息子にしたい」と皆が口を揃えて言うけれど、顧みれば、現時点の立ち位置
と方向すら虚ろな自覚の身ゆえ、そんな言葉はおこがましく、寧ろmatureな
彼の「思考回路の脳みそクローン」をほんのちょっぴりでも頂いて、自分の脳
に培養したいくらいだ。

実にバランスの取れたMATUREな18歳。


                 ★ ★

おまけに、近頃毎日の様に流れるJustin Bieber、Nikki Yanofsky は、
二人ともカナダ出身の16歳・・・。


21世紀に入って10年 - 

停滞していた何かが崩れ、《力強い何か》へと確かに生まれ変わり始めている、
きっと。

2010年5月7日金曜日

ビジョンのないピジョン  

"vison のない pigeon" 

ハト pigeon には「だまされやすい人、のろま、間抜け」という
俗語があるらしい ・・・ 妙に納得。

豆鉄砲を食らっているのは、鳩自身ではない。

鳩が豆鉄砲を食らうという喩えは、今や喩えになってなくて、
昨今ずっと「鳩"に"豆鉄砲を食らっている」のは日本中。
とりわけ沖縄と徳之島の、所謂基地候補地に上がっている住民。

本当に"誠心誠意真心を込めて"対峙しているつもりなら、沖縄訪問
の際に徳之島へと、徳之島の住民に予めの根回しや交渉をする前に
言うという対応はあり得ない、と誰しも思うはず・・・。

英国ブラウン首相じゃあるまいし、、首相就任時からずっとピンマイク
が付いたままかと思うほど発する言葉が揺れている。

好意的に汲み取れば、試みようとする方向は希望を託している国民と
同じベクトルなのだろうが、目線と思慮も国民と余り変わらないものだ
としたら、政権を取ってみたらちょっと重荷がすぎました~って、ひとつ
一つ直面する度に身に染みていて、豆鉄砲を食らっていたのかな?

ひょっとして最近心なしか段々虚ろな目になっていたのは、度重なる
びっくりし過ぎが原因?! ・・・まさか。そんな柔なら党首という役を、
大きな分岐点の政局期に買って出ないよね。

折角半世紀の淀み切った<政治池>の水を抜いたと思ったら、
後から注ぐその水も、どうやら清流とはいかない様子。嗚呼。

確かにマスコミの報道の仕方や取り上げ方も、公正かつ透明度を追求
したものではない。偏った思惑を感じずにはいられない事実のパーツを
切り取って報道する"誘導の報道"に影響を受けたことは否めない。
どうして新しい流れを、政権の移譲の○×ではなくて民意をより反映し易い
国づくりへともって行かずに、未熟なことは判っている新政権の重箱の隅
とまで言えない程度の重箱の中についてもつつきたがるのかと、やはり
甚だ不公正を感じて仕方がないも・・・。

とは言え、することなすこと全て後手後手に回っていて、一体趣旨はどこに
あるのかと、虚ろな視線のその先に見えているものを国民が斟酌しなくては
ならない-そんな状況もどうなのかなぁ?

今やまどろっこしい平身低頭傾向の発言には、国民に対する謙虚さと
いうより、寧ろ護身的な意味合いすら感じてしまう。
この際、ふてぶてしいと非難轟々の小沢氏の囲碁で磨いた先を計算する
「戦術」「豪腕」を少しは見習って??欲しいと言いたくもなる。

沖縄の問題にしても、本質の「日本に米軍基地が現在も変わらずに存在
すること」について、<バラクとユキオ>の"友愛"の距離感当時に、容易に
trust me と言い切らず、アメリカと少しずつでも対話・交渉を重ねてきて
いれば、そしてそうした姿勢と方向性を国民に折々表明してきていれば、
報道や世論も本質を外さず「沖縄の基地問題」を超えて「基地そのものの
存在意義、規模」 について、もっともっと機会多く議論され日本全体で
「戦後」を考えて来れたに違いない。

結果無策のまま自ら5月末まで、と"自己"目標を掲げ・・・。
今更どんな言葉を重ねても苦しい釈明にしかならず、pigeon は俗語にしか
訳せなくなっちゃうよぉ。

(前首相太郎さん同様自ら真綿でクビを絞めていて、祖父が歴代首相の
お坊ちゃん二人とも余程自虐的な性質なのだろうか??)

それでも・・・

日本の文化的な感覚では、「鳩は平和の象徴」なんだよね?

vison を実現する pigeon の豆鉄砲なら、大いに食らおう ・・・。