2010年4月17日土曜日

・・・ <愚痴> の矛先?

笑っちゃうくらい、
いやいや、
笑っちゃうしかない、凍える日本の春。

世界の色々な大陸で起こる、大地震。

ヨーロッパの空をかく乱している、アイスランドの火山噴火。

何だか地球が、ご機嫌ナナメ。

そういえば、
東京の昨今の、とくに夜の、「強風」「突風」って、
いつも感じているよりも、乱暴で、勢いがあるように感じる。

蒲団に包まりながら聴く暴風は、あらぬ妄想をかきたてる。
朝、外の景色が一変しちゃってるんじゃないか、と。

- 自然の前に、人間なんてちっぽけ。無力。
  ヒトなんてひとたまりもない。 -

形容詞に"豪"を付けたいその突風音は、否が応でも
宇宙に浮かぶ火星や惑星のどこまでも何もない荒涼とした
プリミティブな景色を喚起させる。

けれど、原点に立ち返れば、人類が地球に幅を利かせる、
ずぅっと大昔、そもそも地球だって他の惑星と同じだったのだ、
と地球自身の不満の声が聞こえてきそう。

『無遠慮に、我が物顔に振舞っている「人間」こそが勘違いしていませんか?
寧ろ、ちょっとくらい愚痴って感情を表したっていいじゃないか』

2010年4月6日火曜日

2010.4 Sakura with Tokyo Tower

09年の桜見散歩は、暖かく春らしい天気の中を楽しめたのに、
今年のお花見は、凡そ「桜の季節」には似つかわしくない気温
と寒空だった。

折角の満開の桜の花だけれど、堪能するには、曇り空のもとでは、
淡い桃色の「にっぽんの春」然とした色あいは、返って儚さすら
漂っていた。



もうすぐその役割を「東京スカイツリー」へと受け継ぐ
東京タワーに見事な桜並木が、文字通り"花"を添えている。

  



    

    

淀んだ空を背景にしても、凛とした姿の東京タワーと満開の桜の美しさに、
「清清しい青空だったら、空色のキャンパスにどんなに映えただろう」
と芝増上寺の上空を暫し仰ぎ見る。
<赤い東京タワーと薄桃色の桜の花と背後に広がる空> の贅沢な景色が、
都会の真ん中で眺められる - この時期だけのとっておき。

"桜のある風景"は、心和らぎ、ひととき優しい気持ちに満たされる。

-4月、日本の春。

2010年4月4日日曜日

お一人様の独り言  ~ borderline の事業仕分け ~

何故なのかな?

日本はまだまだ男性社会でしかも年齢層が高い、と。

例えば国会や与野党や企業・業界の大きな集まりがテレビの
報道をみるにつけ、その風景は昭和の時代とさして変化も
ないように思える。

企業の幹部と呼ばれる顔ぶれは、未だ中高年の男性が目立つ。
世の中大分嫌煙意識が高くなってきているのに、相変わらず
喫煙しながら、メガネをずらしてやや遠めに書類を眺めている、
なんて様子が一様に多い。
全体的に「ちょっとくたびれすぎたおじさんたち」。

生活スピードが速まって、情報量も多くそして多様化ている昨今に
あって、その変化の流れへの順応は「お役所」「ご年配」「先生」
とかとか-所謂役職や要職の"上"に行けばいく程鈍っていく様子。

多くの場合、そんなおじさんたちにとっては、何よりも「現状維持」
が都合も居心地も、そして懐にも良いのだろう。
(漫然と男性側にも女性自身にも性差意識がある様な気がしてならない。)

自分達個人の居心地の良さを放棄してまで国や自治体や会社全体が
betterになるという滅私奉公の精神は根付いていない。
尤も誰だって「都合のよい今」を徒に自ら壊していく覚悟をもつことは、
中々出来るものではない。ましてや社会の<当たり前>なら尚更。

・・・だから未だに冒頭の"中高年男社会"の図、なのだ。

(勿論、高齢者の社会での活躍は悪いことではない)

けれど、混迷・混沌とする今の日本で一番欲しいのは、"従前""今迄は"
の既成概念に囚われない視点で発想やエネルギー。

<当たり前>の箍を外して「これまでにない」「突拍子もない」或いは
"常識"に沿わないと見做されやり過ごされてきた「少数意見」に全く
新しい可能性があるやも知れぬと、検める時期なのだ。

その実"中高年男性社会"の日本で動向を左右するのは、明らかに【女性】。
ほぼあらゆる分野において、消費のメインターゲットは女性だ。
如何に"女心を掴むか"が、消費の鍵を握り即ち経済の動向を左右する。

・・・ん? 世の中「女性に配慮が必須」は否めない男性、の図???

オンナゴコロを掴みきれない中高年の男性に代わって、もう少し若年層
に女性の心理を託してみては?
或いは、この際動向を握る女性そのものを社会がもっと活用してみたら、
どうだろう?

世代若くし、単純に世の中の性差のバランスを考えても、ほぼ半分は
女性であるならば、その分だけの意思反映をすべき女性のポジションが
ある構図が、そもそもごく自然な形だと思うのだけれど。

既成概念に囚われることなく枠や箍のないフリーハンドな発想と活力が、
きっと必ず、生まれてくるに違いない。

- 日本の社会構図の「事業仕分け」