2010年2月18日木曜日

at my choice ~ ご近所の、お気に入り & 玄米の、お気に入り ~

暮らしのコンパス内に "いい感じ" のお店があることに近頃、気づいた。
いやこちらが知らなかっただけ -「出合えた」。


"TERASAWA"
東京都台東区浅草6-18-16

昔ながらの懐かしさが、店の佇まいにもパンの味にも感じられる。
とびきり!というのではなくて、食べると何だか店主の「一筋に」の
人となりが伝わる味わいなのだ。
パンだけではなく、シベリアやエクレア、アップルパイなど昭和の頃から
その姿も味も変わらないだろう商品もショーケースに並んでいるものの、
食指が伸びるのは惣菜パン。そして確かに良く表れていた。
浅草といえば人情の味わい「ペリカン」は言わずもがな、だけれど、
その「ペリカン」のパンに通じる下町らしい温かさを感じる美味しさがある。 






"粉花"
東京都台東区浅草3-25-6

豆かん-天草の香りやその食感が絶妙、豆の風味も堪らない- で有名な
"梅むら" のすぐ近くにその店はあった。

こんな小さいお店、と入ってみたら、殆ど棚にはパンは無かった。
でもきっとおいしいに違いない、とカレンツとライ麦のパンを買って帰った。
粉や自家製酵母の味が噛み締めるほどにしっかりと旨みとして感じられ、
おいしいなぁと独り言。
傾向としては素朴感のある千駄木の"パリットフワット"と五反田の"アリエッタ"
にみる「店舗」然としたものを併せ持ったような、中和したようなタイプのパン。

同じ生地を茹でたベーグルや全粒粉の風味が良く出ているが軽い食感に
仕上がっているスコーン、アップルパイなどもあるが、やっぱり小麦と酵母の
風味が楽しめるパン数種類が、よりこの店のポリシーをしっかり受け止め
られると思う。

店の雰囲気は「歩粉」「itonowa」に傾向が似ているかな。
戸を開けると、漂う柔らかな空気感-そんなところもお気に入り。

姉妹二人で開店したのは08年の夏だとか。
あぁ近くにこんなに素敵なパン屋さんがあったなんて・・・。








"itonowa"
台東区松が谷1-13-10 安達ビル 1F

かつて二度ほどココに登場したお気に入りの店。
久しぶりにitonowaの玄米を食べたくて行ってみたら、
小さいお店だけれど待ち状態。そう言えば何度か店の
前を通ったときも通り越しに見るガラス張りの店内は、
大抵客席が埋まっていたっけなぁ。

玄米は諦めて全粒粉のスコーンをテイクアウト。
普段作るマイレシピにとても近い食感と味でびっくり。
勿論、おいしさの相性はよい。






"元気亭"
東京都墨田区両国3-24-10 エコロビル 2F

久しぶりに行った元気亭。
おいしい玄米をたくさん食べたいとき「間違いない」とまた改めて思った。
暫くぶりだったので、どことなく以前よりも洒落た感じにちょっぴり変わった?
でもお食事はとても体が安堵する滋味あるおいしさ。

前回「有機野菜のせいろ蒸し」を食べたときボリュームがありすぎて大好きな
玄米ご飯を持ち帰りたいと打診してみたら「持ち帰りはできません」と言われ
「このおいしさは残せない」とかなり無理して食べたことを思い出し、今回は
玄米とお味噌汁をそれぞれ単品でオーダー。

米の甘味が噛むほどに味わえるふっくら炊けた玄米を、じっくり頂く。
あぁシアワセ。
やはり<最後の晩餐には炊きたて極上の"玄米" だ>と、つくづく思う。

蛇足ながらテーブルに備え付けの「玄米酵素」もちょっと密かに楽しみ。
そして席についてからサービスされるウェルカムドリンク扱いの生姜湯も
なかなか美味しい。

玄米を満足感を持って味わえる貴重な店、それが"元気亭"。


"ミルクランド東京"
渋谷区代々木2-23-1 ニューステートメナー 1F

玄米を食べられる店探しで、新宿エリアで「ミルクランド東京」に。
ノンホモの低温殺菌牛乳でおいしい「東毛酪農」が運営しているらしい?
ランチは定食のみ。CPも感じる食べ応えのあるランチ。




"SUNNY DINER"
東京都足立区千住3-45

北千住の富澤商店へ行ったとき立寄ったハンバーガーショップ。
ハンバーガーなんて滅多に食べたいと思わなず過ごしてきた
のだけれど、どういうわけか、この店には行ってみたいと、
食べログを検索していて思ったのだった。
結果、俗に言う「ハンバーガー」よりもかなりあっさりとした
食べ応えで、重い感覚は残らなかった。
(詳細は食べログに記載)

若いオーナーと会話しながらのランチは、なかなか心地の良い
ひとときだった。
彼の生き方を反映したような丁寧で真摯な店の隅々とハンバーガー。
バンズに挟まれたパティの味をシンプルでジューシーに楽しめた。
バーガーの添えのポテトは要らないので、と言ったら
彼は「じゃぁサラダなら食べられますか?」と対応してくれた。
そんな心意気も嬉しい。
北千住の富澤商店へ行く時には、また寄ってみよう・・・。






~ 「食べログ」や以前のブログに載せている部分もあり・・・ ~



          ☆   ★   ☆   ★   ☆

東日本橋・馬喰町あたりも玄米のお店"ハスハチキッチン" やカフェなど
最近案外店舗が目立っている。あの辺りでは、"cafe415" は最早老舗?

2年程前の夏ごろに見つけた"馬喰町ART+EAT"。古いビルの2階にある。
どんな店なのだろう・・・と店に入ったもののまだイートインの利用をして
いないので、是非行かなくちゃと思ったまま今日に至っている。
東地中海料理、関心はあるのだけれど。

あぁそれこそ<ご近所>の浅草橋のタイ料理やペルシャ料理も・・・。
食指のアンテナに触れている店は、まだまだたくさんあるじゃない?!

2010年2月8日月曜日

お一人様の独り言  ~ 時、是、不断の流れなり。~

高校を卒業して以来はじめて「同窓会」に出席。
何しろ第一期生だったため、先生方も生徒たちひとりひとりも一期生
ならではの稀有な"自覚"と"体験"が知らず知らず染みついていたようだ。

セピア色なんてセンチな過去は思い浮かばず、いやセピア色という
「色」もなくモノクロにシャが掛かったように曖昧で薄ぼけた記憶であり、
可もなく不可もなく、どちらかと言えば振り返ることがないような短調な
高校生活を送ってきた。

そんな思い出せないほど薄い三年間だったけれど、意外と同期の中では
記憶されていたというのだ。

思い出を語るよりもまず食欲、とばかり宴早々にビッフェへ一目散に向かう
途中、声をかけられた。
目と鼻の先にある出来立てのご馳走よりも、彼女達の記憶に追いつこうと、
名前と顔と当時の記憶の巻き戻しを頭の中で早送りしながら、心も徐々に
タイムスリップ。

存在自体も地味すぎる3年間と思い込んでいただけに、クラスの異なる彼女達
に声をかけられたことにも戸惑いもあったものの語られる自己へのエピソード
のあれこれに少々嬉しさを伴う驚きがあった。

卒業以来再会した同期たちには「冷静で現状に対して冷めている」
「細かなところに目がいく」「まじめ」な者として印象付けられていたらしい。
「入学してまもなくの緊張していた中で気軽に声をかけてくれて、とても
気持ちがほぐれてうれしかった」云々と思い出せない"思い出"をいくつか
聞くにつけ、同期に"記憶されていた"我が身の個性を知ることになった。

出席者の誰よりも、この日を待ち望んでいたかの如く終始満面の笑みで、
身軽に会場中を行き来しシャッターを切っている学年主任に、あの頃の姿を
重ね合わせ、また同期と記憶を辿り合いながら笑いと会話の弾んだ賑やかな
時間を通して、当時の姿や面影を残している70余人の各々は"人となり" の
イメージも、依然としてそのままなんだなぁと、改めて感じていたのだけれど
それは即ちそのまま自身のことでもあった、のだ。

果たして「成長してきた」と思っていた言動ですら、実は既に高校時代に
していたと気づかされ、嬉しいやら当時と変わらずに時間を過ごしてきたが
若干情けないやら・・・。
やはり人の心の本質は、さほど変わることがないのかも?? と、これ迄の時間
の積み重ねに比例して "心豊かに成長した" と思い込んでいた<自覚>は
何だったのだろう?

その上、今まで知る由もなかったけれど「ご近所」に住んでいる同期も数人いる
ことが判明。

区民プールの後に「もう帰るだけだし」なんて "濡れた髪のまま ∩ 顔にゴーグル
跡のまま" という形振りへの配慮を放棄しチャリで疾走する」気の緩みは最早
できないものだ、と無防備な姿を一歩引いてみる。

いつもどこかに心の緊張が必要なのかもしれないなぁ。
見ているのはお天道様ばかりではない・・・。


    ★    ☆    ★    ☆

ご近所の同期と早速会ったり、思いに共鳴してくれて連絡をくれたりと、
思い切って過去の時間を共有した仲間との繋がりを検めたあの日は、
懐かしい時間が熟成させた「今日」からの可能性への時間にも、
確かに繋がっているのだ、と諭してくれた。

2010年2月7日日曜日

お一人様の独り言 ~ "「定型」言葉" についての考察 ~

昨今の政治の話題や横綱引退で頻繁に飛び交うキーワードがある。
「説明責任」「品格」。
メディアの中でも或いは「街の声」でも定型の如く扱われているけれど
甚だ曖昧な解釈のままこの"定型"ばかりがひとり歩きしている。

それぞれが口にする「説明責任」の言葉に託された意図や思いは
本当にあるのだろうか?
メディアに踊る言葉の受け売りではなくて、きちんと各々が受け止めて、
具体的で明確に考えを伴った言葉として扱っているのだろうか?
「品格」の定義は、皆が暗黙の内に約束された統一見解があるのか?

まるで「流行」の様に、軽くかぁるく皆が容易に口にし過ぎてはいない
だろうか?

-説明責任を果たしたと判断できるものは何ですか?
-示す或いは求めるべき品格とはどのようなものですか?

「説明責任」や「品格」と一括りの単語にしているけれど、
その言葉を使うとき、それぞれがその言葉の意味を解釈し自身で
咀嚼し「自分の言葉」として操って口にしているのか、疑問。

         ★  ★  ★

【真実】という球体のどれ程の【事実】の側面を捉えているのかを常に
意識しながら、球体の全体像を想定して側面のパーツを埋めつつ、
そこに踊るキーワードに見え隠れする真意を、自分の中で把握してから
口にすべきなのだ、と昨今の「定型」を聞くにつけ見るにつけ感じずには
いられない。

自分の思考で、自分の言葉で ・・・・・ 。
口にする自身の言葉に「説明責任」と「品格」を備えたいもの。