ヘッドが微動だにしない。
スロー再生された彼のスイングをみて驚いた。
本当に軸がぶれていないのだ。
タイガー・ウッズですら若干の上下が見られたのに。
尤もそれは、たまたまだったかも知れないが、頭は少しも上下に動かず
固定されたスイングに、彼の貫徹のプロ意識と積み重ねてきた練習量
の凝縮を見た思いだ。
今やすっかり世界に引けをとらない一流プレーヤーとなった弱冠18歳
の石川遼。
彼の確固たる「世界一」を目指す志の頑なさが、全ての言動の軸であり、
"おとな"顔負けの技術と精神と青天井の可能性を、彼自身に与えている
に違いない。志に一点の曇りも無く「一意専心」「全身全霊」「一心不乱」
「思う一念岩をも通す」等々のありったけを並べても、それら全てを飲み込
んでしまう鋼の様な信念の真っ直ぐさが、受け答えや発言に如実に表れる。
そしてそんな飽くなき向上心は、スランプでもツアー中の窮地でもどんな
時も「軸」にある。
決して目先、足元に囚われず、マイナス要素、保身の選択肢は眼中に無い。
「意志あるところに道は通ず」のことわざは、そんな直向な志に伴う
自身の行動の積み重ねによってのみなのだ、と今更ながらに思い知る。
話は外れるが;
そんな「有言実行」の頼もしい若者に、今の世の中誰もが人として
の在り方に感心・好感を抱いていて、何だか"おとな"の方が悠長
だったりモラルもなかったり。個々我が身を省みることはせず、
ただ驚嘆し彼を賞賛する。・・・客観。
石川遼のプレーでは度々ギャラリーの行動が大切な一打の直前に
集中を欠く様な影響を与えてきた。
しかし彼曰く「他にマナーを守っている人たちに対して失礼だ」と。
確かに-18歳の彼の"真意"には、唸ってしまう「深さ」もある。
(更に日本郵政の社長退任劇の会見でもカメラを止めての要請に
応えず、マスコミだからという驕りからか、いつまでも誰かしら
シャッターを切っていた。マナーや相手に配慮ない"おとな"達)
"おとな"が感心する18歳といえば、進路先が注目される菊池雄星選手。
実力と可能性はお墨付きだけれど、進路の選択基準も、彼の芯=自分
の将来像はとても明確で、ぶれはない。志の直向さは共通だ。
高校生活中黙々と休まず校舎のトイレ掃除を日課としてきたのは、
「人の嫌がることを率先してやらなければエースになれない」との
心構え故だとか。即ち「エースになる」志のために「人の嫌がること
を率先する」のが必要だという論法。
豪腕と野球への闘志とは裏腹な心優しき人柄と素直さが滲み出た
顔つきは、そんな地味な取り組みが育んだメンタリティーの表れかも
しれない。
「オリンピックに出る様な一流の選手は大抵人格も一流だよ」
そんな知人の言葉を思い出す。(そう言う本人も目指していた)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
顧みると、今心が流浪しているのは、(志ではなく)「想い」を抱き
つつも「もしダメだったら」なんて人生の安全ネットを張ったり、
選択肢を残しておこうと下心を抱いているからに他ならない。
"石川プロ"に倣えば、ただ只管に「志に行き着くためにはどうすべきか」
の"ヘッド"の軸を固定すれば、自ずとゴールへの道筋を探すことだけに
注力し、それ以外一切の思いは心に浮かばない筈である。
あくまでも行き着くための思考回路なので「失敗したら」「しくじったら」
は端から頭には無い-安全ネットという邪な下心が生まれる隙も無い-
筈である。
と理解し納得したならば、「想い」から更に一歩『志』へと軸を定めよう!
その『覚悟』が必要だ。
"今から"の人生に覚悟するぅと。いや疑問符の付く様な余白を作らずに
ビックリマークを付けるくらいの強い志があって初めて<軸>が固定する。
そう「言い切り」が大事。
同時に「言い切り」という有言実行で追い込まなくては。自身を。
-それが『覚悟!』
● ● ● ● ●
ところで・・・;
昨夜は夜中12時過ぎオリオン座流星群がピークで、流れ星が見られる
絶好のチャンスと、暫く東京の夜空を目を凝らして眺めた。
ほんの瞬く間、一際輝いた光が線を描いた途端に消えた。ドキッとする。
あぁ今のが流れ星っ!
-願いなんてかけられなかったなぁと思いが過ぎる。
あれっ??!!
・・・やれやれ。
『覚悟!』した筈じゃぁ・・・???